第43話

 木内がいなくなり仕事は増えたが、どうも奴は体よく手を抜いていたようで片手間で足りるものだった。これでよく機嫌良く酒を飲み、「仕事とってのはな」などと講釈を垂れたものだと思った。

 他の者も同じ事を思ったらしく、影で木内を小馬鹿にしていたが、僕はその輪に入っていなかった。木内とばかり過ごしていたから僕は奴以外の人間を知らず、周りもまた、僕を知らなかった。


 一人で過ごす時間が多くなると声もなく一日が終わる事もザラにあり、会話とは無縁な生活となる。それでも僕は酒と女があれば満足していたのだったが、一週間、一か月と続くと希薄な人間関係が浮き彫りとなって冷たい不安に苛まれ、孤独の影が、また濃くなっていく。

 木内と連れ立っていた頃にもそれは感じていた。しかし、誰かとを喋り、同じ時間を過ごす事で一時的に影は鳴りを潜める。隣に、対面に誰もいない時間は、僕に弱者の仮面を再び癒着させ、世の不平を恨み、自らの不幸を憂いたりしたのだが、どうにも以前のようにはいかず、役を演じきれないのだった。酒に頼っても酔いきれず、返って虚しい現実を強調する事もしばしばあった。心の支えは、女だけだった。


 給金と多少の蓄えを使って女を買っていった。相手は誰でもよく、心を埋めてくれる人間を求めていた。だが、結局のところ僕は一人だった。



「金がなくてもさ。僕を抱きしめてくれるかい?」


「やぁよ。変な気を起こさないでちょうだい」



 買った女へ戯れに冗談を言ってみると冷たく返され、以降、話す事もなく、また、二度と会う事もなかった。女達にとって僕はその辺りに転がる小石のようなもので、満たされていると思っていたのは、僕だけだった。


 それは当然だった。名前も知らない男に抱かれ喜ぶ女などいるはずもなく、疑問の余地を挟む間もないのだった。けれど僕は、女に期待してしまっていた。誰かにとって、僕が特別であってほしいと願ってしまった。そんなはずあるわけないのに。


 それでも僕は女を買う事をやめられなかった。とうとう金が尽き、借入をした。絶えない孤独が痛かった。窒息する程、身を縛るのだった。一人が怖かった。恐ろしかった。なにより、寂しく、寒かった。

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