第42話

 ある朝、工場へ到着すると木内の姿がなかった。

 仕事だけは真面目にこなし、毎朝必ず決まった時間に出勤していのに珍しい事もあるなとその時は何も考えていなかったのだが、始業のベルが鳴り、一時間、二時間経っても奴の姿は現れず、昼休憩になってもまだ来ないため僕は一人でパンを齧り、午後からも気にしてはみたがやはり影も形もないのだった。


 あんな性格なものだから、ごろつきにでも痛めつけられたんだろうか。


 少しばかり身を案じるも、僕には関係ないとすぐに改める。実際奴がおらずとも困る事はなかった。いや、酒代の面においては大変切迫を強いられるのだが、頼らなくともなんとかなるような気はしていた。それよりも、もし奴が蒸発していたとしたら、今後は気軽に一人で夜の街を歩けるという期待と好奇心が優っていた。それまではずっと木内の後につき、粗悪な店で安く酔ってばかりで、話の様子次第では女を買う事ができずヤキモキとした日もどれだけかあった。そうしたしがらみがなくなり全てが自由になると思うと、途端に視界が良好になった気がして快かった。金はなく、蓄えも月々僅かばかり残していた程度だったにも関わらず、僕は楽天に支配され一抹の不安も感じていなかった。あれだけ世話になった人間に対し薄情だなと思う。



 結局木内はこないまま業務が終わった。帰宅する際、佐野に声をかけられる。



「木内さん今日来なかったけれど、何か知らないかな」



 木内は工事にも連絡をしていなかったようで、ますます何処かへ消え失せた線が濃厚となる。だが、そんな事はどうでもよく知る由もない。僕が被りを振って「存じません」と答えると、「そうか」と表情も変えず、佐野は工事の奥へと消えていった。

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