第27話

 休みが明けて出勤すると木内が変に神妙そうな顔をして「先日は」と寄ってきたのだった。



「どうもいかんかった。悪かった」



 別に気にしていないと伝えると、また「悪かった」と頭を下げた。確かに不愉快な思いはしたが、そこまでされると返って申し訳なくなるばかりか、僕の方が悪い事をしているような気分となり始末が悪い。謝るという行為は相手が許す前提で執行される儀式のようなものであるから(少なくとも僕にとってはそういうものだった)、瑣末な問題で深々と、また何度も詫びられてもそれは粗末に思えてしまって仕方がなかった。

 木内は僕が「もういい」と言っても聞かず、ついには「来週埋め合わせをする」などと自分の都合を押し付けるのだった。これもまた謝罪の儀式の内であるわけだから、断るわけにはいかなかった。


 それからはいつも通りに工場作業に従じ、昼となればやはり木内と膝を突き合わせて食事をするだが、その頃にはもういつも通りの調子とになっていて、興味のない話を一人で続けていた。


 しかし、一点だけ聞き捨てならない言葉があった。




「あの婆はつまらん事を言ったが、お前さん、女なんていない方がいいってのは、本当だぜ」



 僕はまじまじと木内を見たが、いつも半分開いている口元がその時ばかりは閉まっていて、まるで自分が世の真理を心得ているような面持ちをしていた。およそ商売女に熱を上げていただなんて思えない迫真の造り顔につい吹き出しそうになったが、恐らくここでそんな態度をとればきっと激怒するだろうと考え懸命に息が出ないよう堪えた。あの酒の席では確かに金言に思えたが、真っ昼間から芝居がかった風に披露されると滑稽極まりなく、嘲笑の的に相応しい道化ぶりが露わとなっていた。




「女なんてのは金を出して買えばいいのさ。女房こさえて近くに置いておくなんてお前さん、そんなものは正気じゃないぜ」



 ますます語気を荒らげる木内に対して「そうですか」と答えると「そうだ」と返ってきて、それ以上は続かなかった。食べていたパンの味は、覚えていない。

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