第18話 ホラント王国滅亡と魔王軍の侵攻

 私を襲ったならず者たちは、ラパンツィスキ様に制圧された後、警吏に引っ立てられていき、厳しい拷問を受けた。


 その結果、仮面をした怪しい貴族に多額の報酬を提示されて依頼されたことまではわかったが、黒幕はわからずじまいだった。

 ビンデバルト大公が最も怪しかったが、証拠はない。


 結局、皇帝の承継者争いは、ビンデバルト大公派が優勢での3つどもえのままの膠着こうちゃく状態が続いていた。


 お父様が決定を先送りにしていたのだ。

 健康上の理由など、決定を急がなければならない理由はなかったので、必要以上に急がせることは不敬に当たってしまう。


 このため各派閥ともに、お父様に決断を迫ることができないまま、じらされていた。


 一方で、私の女の勘は囁いていた。

 お父様はラパンツィスキ様のことを気にいっているのではないか?そして機が熟するのを待っているのだと…


 ところが、またも帝国を揺るがす事態が発生することなる。


    ◆


 帝国から見て、ホラント王国の後背には無人の大森林が広がっている。ここには古来より魔族が住んでいるという伝承があり、人々から恐れられていた。

 だが、人族が魔族に襲われたという記録は最も新しいものでも数百年も前であり、その伝承の信憑性しんぴょうせいに疑問を持つ者も多かった。


 ところが、その大森林から魔王軍を名乗る魔族の軍団が突如大挙してホラント王国を襲ったのである。


 ホラント王国軍は、先の帝国との戦争に敗退したとはいえ、実際のところは逃げ帰ったというのが真実であり、大きく兵数を減らしたわけではないし、一時は帝国軍を圧倒するほど強かった。


 だが、魔族の戦闘力は人族の比ではなかった。

 ホラント王国軍はあっという間に蹂躙じゅうりんされ、ほぼ壊滅した。


 ホラント王国は、たちまち魔王軍に占領され、その過程で3割近くの国民が虐殺され、残った者たちも魔族の家畜扱いされることなった。


 男たちは限界まで重労働を課せられ、逆らった者は無惨に拷問したうえで殺された。拷問して惨殺することは、魔族の享楽の一つとなっていた。


 女たちは慰み者にされたが、それに耐えきれず自ら命を絶つものも続出した。


 また、魔族は赤ん坊や子供を好んで喰らったため、ホラント王国の国民たちは必死になって、その存在を隠した。


 そして魔王軍はホラント王国に飽き足らず、次のターゲットをベルメン帝国に定め、行軍を始めた。


 この知らせは斥候せっこうから直ちにもたらされ、これを受けて緊急の軍議が開かれた。


 軍議の結果、帝国軍は正面対決を可能な限り避け、時間を稼ぐ一方で、少数精鋭の魔王討伐パーティーを編成し、これが魔王の拠点を急襲して、魔王の首を討ち取るという戦略が採用された。

 ラパンツィスキ様の発案によるものだ。


 決して弱くはなかったホラント国軍があっさりと殲滅されたことを勘案すると、正面対決を避けるべきことは、誰の目から見ても明らかであり、反論できる者はいなかった。


 作戦の成否は魔王討伐パーティーの行動如何にかかってくる。

 誰もが先の戦争の英雄であるラパンツィスキ様の活躍を期待した。


 だが、魔王討伐パーティーの編成に際して、ビンデバルト大公から横槍が入った。


 帝国には、いにしえの昔、魔王を討伐したという伝承のある勇者の末裔まつえいを称する一族が存在しており、一族に代々伝わるという聖剣も保持していた。


 大公は、これを探し出してきてパーティーのリーダーに据えるとともに、他のメンバーも息のかかった者を送り込んできたのだ。

 ラパンツィスキ様も当然にパーティーメンバーには選ばれたものの、パーティー内で孤立無援となってしまった。


 ラパンツィスキ様は、パーティー編成について議論をしている時間も惜しいと判断し、やむなくこの決定に従った。


 ラパンツィスキ様の出征に際し、私は涙ながらに訴えた。


「アマンドゥス。無事で…とにかく無事で帰って来てくださいね。あなたがいなくなったら私…」


 今回の出征は先の戦争の比ではない。ホラント王国軍を簡単に殲滅した魔族たち…その更に親玉が魔王なのだ。その強さは計り知れない。

 私には、これが命を賭した特攻のように思えた。


「イレーネ様は、放っておいたらまたすぐに体が凝り固まってしまいますからね。さっさと終わらせて、一刻も早く帰ってきますよ。ご心配なさらず」

 とラパンツィスキ様は、またも飄々ひょうひょうとして言う。


 さすがの彼も、今回ばかりは余裕があるはずがない。

(これは私を安心させるための強がりだ)と思った。


 そして彼が出征した後、自室で一人密かに嗚咽おえつした。


    ◆


 私が後に聞いた戦闘の経過はこうである。


 出征から数日後。

 帝国軍は、魔王軍と対峙していた。


 前衛には遠距離攻撃に適した弓兵と魔導士が置かれた。

 魔王軍が射程に入ったら、一斉攻撃し、一撃後直ちに反転後退する手はずになっていた。


 魔王軍の魔族たちは、これを見ても全く動じることもなく、悠々と帝国軍に向けて進軍してくる。


 いよいよ射程に近づいたところで、帝国軍の指揮官は命令を発する。


「構え!」


 その号令とともに弓兵は弓を引き絞り、魔導士は魔法の杖を構えた。


(ホラント王国軍を簡単に殲滅せんめつした魔族にこんな攻撃が通用するのか?)と誰もが疑問に思い、不安を覚えながら魔王軍の接近を固唾かたずを飲んで見守った。


 ところが、帝国軍の指揮官が攻撃を命じようとしたその刹那せつな、魔王軍の行軍がピタリと止まった。


 居心地が悪い静寂が辺りを支配する。


 しばらくすると、魔王軍が粛々と後退を始めた。

 攻撃態勢に入っていた帝国軍の兵たちは、この様を唖然として眺めているしかなかった。


 魔王軍が帝国軍の視界から消えると、どこからともなく歓声が上がり、それが全軍に広がった。

 斥候せっこうの報告によると、その後も魔王軍は反転してくる気配はないという。


 こうして、帝国軍は、狐につままれたような気持ちのまま、いったん軍を撤収することになった。


    ◆


 帝国軍の不思議な体験に先立つこと数時間前。

 魔王討伐パーティーは、大森林の入り口に来ていた。


 ラパンツィスキ様の転移魔法で一気にここまで来たのである。


 ここまでは来たが、そもそも魔王の拠点たる魔王城の場所がわかっていない。


 ラパンツィスキ様は、自分が魔王城を探索するので、発見次第魔王城を一直線に急襲し、一気に魔王を討ち取る短期決戦を主張した。


 これに対して、勇者は、この入り口付近に大森林探索のためのキャンプを置き、ここを拠点に魔族の実力も測りながら順次探索範囲を広げていくという慎重策を主張した。


 議論は平行線となり、決着がつかない。


 そして、とうとうラパンツィスキ様は単独行動をとることを決断した。

 自らとティアマト以下その配下だけでも早急に事に当たるべきとの判断からだった。


 そしてラパンツィスキ様は、飛翔魔法で空を飛び、勇者たちの視界から消えていった。


 勇者たちは、口々にラパンツィスキ様を非難しながらも、キャンプを設営し、大森林の探索へと向かった。

 だが、彼らは身の程を知らなかった。


 大森林に入って早々に勇者たちは数十体の魔族と遭遇した。

 魔族の強さは勇者たちの想像の上を行くものだった。


 勇者こそ聖剣の力を借りて数体の魔族を倒したものの、他のパーティーメンバーは全く歯が立たなかった。


 メンバーは1人、また1人と脱落していき、最後に勇者1人が残ったが、数十体もの魔族の前ではなすすべがなかった。

 結局、勇者も魔族たちになぶられながら惨殺された。


 頼みの綱は、ラパンツィスキ様ただ1人となってしまったのだ。

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