第17話 刺客

 戦争後もラパンツィスキ様と私の関係に大きな変化はなかった。


 朝のヨガと朝食、夜のお風呂とマッサージは相変わらずだし、彼が非番の日は、皇都ウォーキング、教会の奉仕活動や孤児院の慰問にも付き合ってくれる。


 ただ、皇都では英雄たるラパンツィスキ様の顔が知れ渡ってしまい、得てして人が集まって来て、握手攻めにあったりしてたいへんだった。

 彼は、そんな人たちに素っ気なくしたりすることもなく、気さくに付き合ってあげていた。


 一方で、私の顔は教会や孤児院以外では相変わらず知られていないようだった。

 皇都ウォーキングを続けているうちに町の人たちとも顔なじみになり、とてもいい息抜きの機会となっていた。


 最初は見慣れない大型の黒豹のバルツを見てギョッとしていた町の人たちも、今はもう慣れたものである。

 私は、黒豹を連れたどこかの商家のお嬢さんということで定着しているようだった。


 ラスク売りの露店は私のお気に入りになっていたが、例のラスク売りの少女は相変わらず私にからんでくる。


「ねえねえ。お姉さん。彼氏さんとはどうなったの。もうチューはした?」

「そ、それは…」


「えーっ! したんだぁ。うらやましい」


 私は恥ずかしさで顔が真っ赤になったが、(もう18歳のいい女なんだから、キスの一つや二つは当然よ)と言わんばかりにあえて胸を張ってみせた。当然、照れ隠しである。


 う~む。どうやら、ラパンツィスキ様といい、この少女といい…私はどうもいじられキャラのようだ…


 そんな私は、皇都への慣れから、興味本位で人気のない路地に入り込んだ。

 そこを突然にならず者と思われる剣で武装した集団に囲まれてしまった。人数は20人以上いるようだ。


(しまった。これは対立派閥の刺客か?)と思ったがもう遅かった。


 ならず者たちは、有無を言わさず襲いかかってくる。


「お嬢さんに恨みはねえが、死んでもらうぜ。おめえら。とっととっちまえ!」


 すかさず護衛騎士のロタールとラパンツィスキ様の従魔のバルツが防戦する。


 ロタールは普段はおとなしいがこういうときは頼れる存在だ。さすがの腕前でならず者たちと激しく打ち合い、圧倒している。


 バルツは素早い動きで、ならず者たちを鋭い爪でひっかき、噛みついて手を食いちぎったりしている。

 バルツの爪や牙には毒があるようで、攻撃された者は毒が効いてピクピクと痙攣けいれんし、泡を吹いて倒れている。


 私といえば、恐怖で足ががくがくと震え、なすすべもなく立ちすくむばかりだった。淑女のたしなみとして、護身術も習ってはいるのだが、とても太刀打ちできるとは思えなかった。


 ロタールとバルツは頑張ってくれてはいるが、多勢に無勢ぶぜいである。隙を見て、ならず者の一人が私に迫り、腕をつかむと剣を胸に突き立てようとした。


(殺される!)と思った瞬間、血の気が引き、恐怖から「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」と絶叫し、目をつぶった。


 だが、剣が突き立てられることはなかった。

 私がおそるおそる目を開けると、そこには私を襲ったならず者が倒れていた。

 その背には魔法によるものと思われる真っ黒な矢が付き立っている。他のならず者たちも同様に倒れていた。


 不意にラパンツィスキ様の姿が見えた。


 ──ああ。来てくれたんだ…


 私が安心感から気が抜けてしまい、その場に倒れそうになると、ラパンツィスキ様が駆け寄り、抱きとめてくれた。


「イレーネ様。怖い思いをさせて申し訳ございません」

「いえ。私こそあまりにも迂闊うかつな行動だったわ。本当にありがとう」


 私の体は恐怖の余韻でまだ震えていたが、それを見たラパンツィスキ様は私を抱きしめ、落ち着かせてくれた。

 その安心感から、徐々に震えが引いていく…


 ラパンツィスキ様はようやく落ち着いた私を転移魔法で直ちに皇城の私の部屋まで送ってくれた。


 後で聞いた話だが、従魔とその主人は魂の回廊でつながっており、離れていても意思疎通ができるということだった。

 今回はバルツがラパンツィスキ様を呼んでくれたのだ。


「バル君。ありがとう」


 私はバルツの顎の下や、首の周りなどを撫でまわし、可愛がり倒した。


 その後、私は、気疲れしていたので、ベッドに横になり、しばらく眠った。


 その夜。

 ラパンツィスキ様は何事もなかったかのようにお風呂のお湯張りをし、私の背中を流した後、いつもどおりにマッサージをしてくれた。


 あまりにいつもどおりなのがかえって不気味だ…


 マッサージが終わった後、やはり顔のタオルは取ってもらえなかった。


「イレーネ様には、やはりお仕置きが必要なようですね…」


 私は反論ができなかった。

 しかし、あれが「お仕置き」って…


 そして、ラパンツィスキ様の唇が私のそれに重ねられた。

 前回以上の快感が私を襲ったが、心の準備ができていたので戸惑うことはなかった。それを堪能する余裕もあったほどだ…


 濃厚なキスを終わり、私は構えた。

 否でも首筋に意識が集中してしまう。


 しかし、期待は裏切られことになる。


 不意に足に柔らかいものを感じた。しかも、太ももの内側の柔らかくて敏感な部分だ。


「あ…っ…」


 頭を突き抜けるような快感があり、私はたまらずに声を上げてしまう。


「ううっ。あ…っ。…っはぁっ…。ん…っ…」


 唇なのか、舌なのかわからない柔らかい感触が内ももを刺激し続ける。彼は次第に私の足を開いていくが、抵抗できない。


 なにこれ! ネグリジェ姿でこの格好じゃあパンツ丸見えじゃない!

 ワンダと相談して見られてもいいパンツを履いておいてよかった…


 柔らかい刺激は、私の股間へと近づいていく…


 ──ダメッ。それ以上されたら…私…


 危機感を覚えたとき…やっと彼は解放してくれた。


 そして顔のタオルを取ってくれたとき、私は苦情を言った。


「もうーっ! 意地悪なんだからーっ!」


 私はラパンツィスキ様をポカポカと叩いた。


 それを無視して、ラパンツィスキ様はいつものごとく言った。

「今日はお礼をいってくださらないのですか?」


 私は悔しかったので、「ありがとう。気持ちよかったわ」とわざとそっけなく答える。


 ──これで満足でしょう! このドスケベ!


 ラパンツィスキ様が帰った後、足を確認してみたが、やはりキスマークが盛大についていた。


 ──もう!どうしろっていうのよ!


 翌朝。

 侍女のワンダとメイドたちが普段どおり着替えを手伝おうとするが、なんとか言い訳をする。


「今日は着替えの手伝いは結構よ。少しずつ自分で着られるようにしたいの」


 ワンダとメイドたちは素直に「承知いたしました」と言ってさがってくれた。正直、ホッとした。


 だが、ワンダには薄々バレているに違いない。


 その日一日、一人で着替えるのに滅茶苦茶苦労し、自分の箱入り娘ぶりを思い知ることとなった。

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