第16話:敵と味方と本気

「そもそも勝者が一人だなんて誰も言っていないのよ。『使命』の内容によっちゃ全員達成だってあり得るんだから」

 驚く私たちに対し、美少女こと才波真姫ちゃんが腰に手を当ててそう言った。

「吾良君は俺らから『使命』の紙取り上げた後、すぐ燃やしちゃうから気づかないだけで、一度でもちゃんと確認してればふつう気づくはずなんだよ」

 亨君もあきれたようにしながら付け加える。

 んー、んー?

「えっとぉ……。二人は吾良様を守りに来たってこと?」

 混乱する私。

「そう言ってるでしょ」

 才波真姫ちゃんが腹立たし気に言う。

「時に仲間になり、時に敵になる勝負なのよ、これは。もともとは退治屋『シン』の仲間なんだからずっと敵であり続けるわけないでしょ」

「力が強いからって孤高の存在気取ってるから気づかないんだよ」

「手心や情け容赦というものを大事にしてほしいわ」

「同じ退治屋『シン』の俺らには頼らないのに、莉子ちゃんには心を許すのもどうかと思う」

「そうよ、そもそもなんで死神『タナベ』と一緒なのよ」

 二人はここぞとばかりにまくしたて、吾良千輝を責める。

 多分、吾良千輝が弱っているからこそできることなんだ。

 本当に味方だよね、と尋ねたくなる勢いだけど、才波真姫ちゃんが張ってくれた結界は間違いなく吾良千輝を守っているし、嘘はついていないんだと思う。

 とりあえず、才波真姫ちゃんになぜ私がいるか尋ねられたから答えてはおこう。

「あ、私、吾良様を守ってくれという依頼を受けてやって来たんです」

「依頼? 吾良から?」

「はい」

 ……ん、はい、であってたか?

 お兄ちゃんが持ってきた依頼で、依頼主は吾良千輝ではないような。確か依頼主はお兄ちゃんの大学の先輩だったっけ。

 まあいいか。

 細かいことは頭の隅に追いやり、吾良千輝のほうに声をかける。

「吾良様、具合はどうですか?」

「……動けはする」

「つまり良いわけではないということですね」

 素直に治ってないって言えばいいのに。

 仕方ない。治してあげますよ。回復術が得意なこの私が。死神とは正反対の術を得意とするこの私が。

 一応、念のため才波真姫ちゃんに確かめておく。

「この結界って中から精霊を召喚したらどうなる?」

「は?」

「精霊が消えたりする?」

「消えないわよ。私の結界はあくまで外からの侵入を防ぐだけだもの」

「なら良かった。じゃあ――」

 言って、呪文を唱える。

「『三刻 二藤 一薙 以ってすべてを癒す風となれ』」

 つい先日も吾良千輝に使った術。

 三体の精霊が現れ、吾良千輝の頭をわしゃわしゃと撫でて消えていった。

「どうですか、少しは落ち着きましたか?」

 吾良千輝に尋ねる。

 妖気にあてられた状態というのがぴんと来ないので、もう聞くしかない。体内に毒が回る感じなのかな。『三刻』『二藤』『一薙』なら体の毒も消せるはず。

 吾良千輝は軽く体を動かして、

「まあ、だいぶ楽になった」

 という。

「楽になったのなら良かったわ。次から次にわいてくるアレをどうにかしなさい」

 才波真姫ちゃんが、クイッと親指を結界の外に向ける。

 結界の外にはまるでゾンビのように自我を失った人たちがたくさんいた。一部角が生えてる人や、牙が生えてる人なんかもいる。

「あれって、元は退治屋『シン』の人なんだよね? なんで変化してるの?」

「言ってるでしょ、妖怪交じりだって。半妖っていったほうがわかるかしら。私たちみたいにただ霊感があるだけじゃなく、何かしら妖怪の力を持ってるのよ」

「へえ~」

 こんな風に話している間も、外の人たちは結界を壊そうと術を出している。自我がなくなっても退治屋『シン』の能力は使えるらしい。

 どこかから、ピシッ、と音がする。

 見れば、結界の一部にひびが入っていた。

「た、大変、真姫ちゃん! 結界破られそう!」

「わかってるわよ。っ、吾良、体調回復したなら手伝いなさい。亨、あんたも!」

 才波真姫ちゃんはキャンキャン吠えるように二人に指示を出す。

 二人は腕輪に触れ、唱える。

「奥義『結界』」

「奥義『花鳥風月』」

 呪文は違うけど、才波真姫ちゃんと同じような透明の結界が二重、三重に張られていく。

 そして才波真姫ちゃんと同じように、二人の足元にも白くてきれいな丸玉が落ちていた。

 これ、あれだ。

 吾良千輝が教えてくれたやつだ。

 確か、この玉を使えば一度きりの大技が発動するんだったはず。

「さて、ここからどうするかだが」

 吾良千輝が話し出す。

「防戦一方というわけにもいかない。頃合いを見計らって出るぞ」

「なんで吾良に指図されなきゃいけないのよ!」

「どうせまた妖気にあてられるんだからおとなしくしててくれないかな」

 吾良千輝の提案に二人が反対する。

「……」

 あ、今、吾良千輝があからさまに面倒くさそうな顔をした。

「なら、私、行きましょうか? そろそろ隼翔たちも戻ってくると思うしあの人たちを抑えるくらいなら私でも――」

「……」

 言ってる途中で、吾良千輝に無言でにらまれた。

「……はい、おとなしくしてます」

 すごすごと引き下がる。

 吾良千輝、厳しくない? それか私のことかよわい女の子だと思ってない? 一応これでも退治屋の跡取り娘なんですけど。

 釈然としないながらも、三人に向かって尋ねる。

「今暴れてる妖怪、そんなに強いんですか?」

 答えたのは才波真姫ちゃん。

「これだけの妖怪交じりに影響を与えてるんだから、強いんじゃない?」

 ふむふむ。

 ただでさえ囲まれてるのに、さらに妖怪が現れるのは困るなあ。今のうちに周りを囲んでいる人たちをどうにかしなければ。

 と、いうところで、誰が出るのか考えてみよう。

 私がダメ、吾良千輝もダメという状況だ。つまり、当然、出るのはこの二人。

 才波真姫ちゃんと亘理亨君。

 二人はお互いの腕輪を見ながら、作戦を立て始める。

「亘理、あなた、奥義はあと何回うてる?」

「一回」

「……チッ」

「なんで舌打ちするんだよ。そういう真姫ちゃんはどうなんだ」

「うてる分は全部うったわ」

「俺よりダメじゃん」

 なんだか、聞いていて不安になる会話が繰り広げられているのですが……。

 私が出ると吾良千輝が怒るし、吾良千輝が出ると才波真姫ちゃんと亨君が怒る。そして才波真姫ちゃんと亨君は出られない。

 うーん……。

 ……。

 ……そもそもなんで私は吾良千輝に怒られるんだっけ?

 吾良千輝の『使命』が腕輪を守ることで、その腕輪を預かってる私が危ない行動をとると必然的に腕輪も危険にさらされるから、だったっけ?

 ふむふむ。

 つまり、腕輪を返せばいいのか!

 そもそも大切なものをなんで私に預けてるんだって、話だ。というわけで外します。返します。

 腕輪を取ろうとしたところで、再び、

ドォォオオン

 という大きな音がした。

 それだけじゃない。

「莉子様!」

 と叫ぶ、鈴音の声も。

 反射的に私も叫ぶ。

「鈴音⁉」

 叫びはしたけど、駆け出しはしていない。飛び出しもしていない。まして、結界を破るなんてマネ、するはずがない。

 なのに。

「応えたな」

 そいつは結界の中に入り込んできた。

「!」

 私含め結界の中にいた四人全員が、一斉にその場を離れる。

 間合いを取り、できるだけ敵との距離を取る。

 あれは、猫?

 普段見ている猫とは比べ物にならないほど大きいけれど、まあ、猫。

 あいつを倒す方法は――。

 なんて考えながら、結界の外に出る。

 出て、

「あ――――」

 刃物を持った『シン』の人が吾良千輝に襲い掛かっているのが見えた。

「――――危ないっ!」

 これもほぼ反射的だったと思う。

 気が付いたら私は吾良千輝と敵の間に割って入り、吾良千輝を守っていた。

「っ――――――!」

 いっ――――

 背中がざっくり切られたのがわかる。

 痛い。

 泣きそう。

 ――――でも。

 私には泣き叫ぶよりも先にしなくちゃいけないことがある。

 ぐっと気力で踏ん張って、吾良千輝の顔を見る。

「お怪我は?」

 吾良千輝は一瞬目を開いてたじろぎ、

「ない――」

 と、こたえた後、すぐさま私の肩をつかんだ。

「お前、なんで――」

「ちょ痛い、落ち着いてください。どうしたんですか」

「お前、自分じゃ自分のけが治せないんだろう、なんで飛び出た!」

 なんで?

 なんでって……?

なんでって、そんなの。

「私は吾良様の護衛です。吾良様をお守りするのは当然です。頼りないかもしれませんが、私は何があっても吾良様の味方なのですよ」

 回復術で怪我しても大丈夫とかそういう話ではなく、守ると決めたから守る。

 吾良千輝には怪我一つさせない。

 吾良千輝に答えた後、ふらつくのをこらえながら敵へと向き直る。

 まずは妖気にあてられ正気を失っている目の前の人。

「『九仙』『八耀』『七霞』以って、全てを屠る風となれ!」

 三色の風が目の前の人を吹き飛ばす。刃物を持っているとはいえ、相手はアつられてるだけ。けがをさせない方法があるなら、その方がいいのだ。

 遠くに飛ばされ尻もちついた相手を見ながら、額の汗をぬぐう。

 ――平気、まだいける、まだ大丈夫。ここで私が倒れてしまっては元も子もない。あの巨大猫を倒すんだ。あいつを倒せば、今、周りを取り囲んでいる人たちも正気を取り戻すはず。

 ……正直、自分にそう言い聞かせてないと、今にも意識が吹っ飛びそう。

 それでも立ち向かおうとした私を、吾良千輝が止める。

 腕輪に触れながら、

「奥義『治癒』」

 微塵も格好よくない、能力だけの奥義名を唱え、私のけがを見事に消し去った。

 吾良千輝の足元に、白い丸玉が落ちる。

 それと同時に、亨君と才波真姫ちゃんが私のほうに駆け寄って来る。

「莉子ちゃん、大丈夫!」

「何、真正面から受け止めてるのよ。退治屋なら受け流しなさいよ!」

「けがは――治ったみたいだね。一応俺も術をかけとくよ」

「背中切られてるじゃない。これでも羽織ってなさい」

 そう言って、亨君は普通の治癒術をかけてくれ、才波真姫ちゃんは上着を私に課してくれた。

 その間、巨大猫は何をするわけでもなくただじっと私たちのことを見ていた。

 不気味だ。

 さっきみたいにまたすぐ目の前に現れることができるぞという余裕の表れなのか。とにかく早めに倒してしまった方がいいのは確か。

 ほかの三人もそう思っているようで、それぞれ腕輪に触れながら巨大猫へと向き直った。

「全員であいつをたたくぞ」

「吾良君に言われなくてもそのつもりだよ」

「才波は……」

「なによ、奥義が打てないことに文句でもあるわけ? 奥義がなくったって普通の術で対抗するわよ」

 吾良千輝に対し、才波真姫ちゃんがキャンキャンと吠える。

「いや、俺のを貸してやる。――莉子」

 吾良千輝はなぜか私を呼ぶ。

 呼ばれた私は吾良千輝の隣に立つ。

「何でしょうか」

「左腕を出せ」

「はい」

 言われた通り左腕を差し出すと、吾良千輝は私がつけていた腕輪を取り、そのまま腕輪の組みひもを解いた。

「!」

 腕輪は四本の紐と三つの透明な丸玉に分解される。

「え、あ、え、なんで、それ」

 突然のことに思わず目を見開いて驚いてしまった。

 だってそれ守るべき対象なんじゃ。それを壊しちゃったら吾良千輝は『使命』達成できないんじゃ。

 うろたえる私をよそに、吾良千輝は丸玉の一つを才波真姫ちゃんに、一つを亨君に、そして最後の一つを私の手に乗せた。

「え、あの、これ」

「いざという時のために一つは莉子が持っていろ。呪文さえ唱えれば莉子でも問題なく使える。呪文はなんでもいい。とにかく何か言いさえすれば、だいたいの望んだ効果が発揮される」

 発揮される、って言われても……。

 「いざという時」なんて、今この状況が「いざという時」だし。

 それに私だけのけ者にするような言い方。私も戦えるのに。

 そんな不満をよそに、退治屋『シン』の三人は巨大猫に向かって奥義を放つ。

「奥義『斬撃』」

「奥義『明鏡止水』」

「奥義『桜咲く虹』」

 関連性も協調性もない奥義が唱えられ、氷と炎の刃が幾重にも重なって巨大猫に飛んでいく。

 自身に飛んでくる無数の刃を見て巨大猫は――――笑った。

グモォオォォォオオオオオ

 と、猫には似つかわしくないくぐもった雄たけびを上げ、飛んできた刃を一斉に弾き飛ばす。

 跳ね返った刃は木にぶつかり草にぶつかり、そして周囲にいた退治屋『シン』の人へとぶつかる。

「!」

 私がくらったのとは比較にならない程の斬撃が周囲、ううん、山一帯を丸裸へと変えていく。

 私たちは跳ね返しを食らう直前で、

「奥義『結界』!」

 と、吾良千輝が結界を張ってくれたので事なきを得た。ただその結界も私たちをも守った後、ピシピシッと音を立てて割れてしまった。

「……さすがに奥義三回分の攻撃は威力がすごいね」

 亨君が現実逃避をするような目でそう言う。

 現実を見たくない気持ちは十分にわかる。

 巨大猫には申し訳程度のかすり傷。

 なのに周囲は真っ赤な血の海。

 防御をとれなかった人たちは一瞬にして倒れ伏してしまった。

 こちらの被害状況を伝えるかのように、鉄さびの臭いがツンと鼻につく。

 こんなの私たちみたいな小学校卒業したばかりの子供が見ていい光景じゃない。胃がひっくり返りそう。つらい。

それでもすべての感情をグッとこらえ、吾良千輝に問いかける。

「吾良様、先ほど私に渡してくれた奥義の玉。呪文さえ唱えればだいたいのことは叶うと仰っていましたね」

「あ、ああ……」

「それは、遠くにいるものを引き寄せることも?」

「可能だ」

「わかりました」

 返答を聞いて頭を軽く下げ、――一人でこの場から走り出す。遠く、遠くへ。

「お前っ、まさかひきつける気じゃ――――」

 吾良千輝の慌てた声が聞こえる。

 多分、私が巨大猫を一人で引き受けるために走り出したと思ってるんだ。さすがにそこまでじゃないよ。

 ただ、見つけたの。

 丸裸となり、血の海となり果てたこの場で、私たち以外に動く人影を。

 私の大切な友人を。

「彰隆!」

「莉子様!」

 私の呼びかけに、彰隆が答える。

 一瞬だけど、彰隆が動くのが見えたんだ。

「莉子様、黒薙殿と白藤殿が俺をかばって――!」

「うん、あの二人ならそうする。大丈夫、あの二人なら自力でどうにかしてるはず」

 吾良千輝が使ったような奥義の結界とまではいかなくとも、意識が残る程度には持ちこたえてるはず。ただ、二人の場所はわからない。

 だから、これを使う。

 吾良千輝に渡された奥義用の玉。

 吾良千輝たちがこちらへ走ってきているのを横目で見ながら、グッと握った。

 力を籠め、効果を考えながら、呪文を唱える。

「奥義『唯一無二の縁』」

 頭に浮かんだ適当な呪文。

 透明な玉は淡く光を放った後、白へと変化し、そして隼翔と鈴音を私のもとに引き寄せる。

「隼翔! 鈴音!」

「莉子様……?」

「莉子様!」

 良かった、想像通り意識はあった。でも全身のあちらこちらにひどいけがを負っている。

 これじゃ、動けない。

「っ」

 安心して少し緩んだ気持ちをきゅっと引き締め、ちょうど到着した吾良千輝たちのほうを見て、勢いよく頭を下げた。

「お願い、亨君まだあと一回奥義が打てるよね。隼翔と鈴音のけがを治して万全の状態にして!」

 それこそ土下座をする勢いで頭を下げる。

 恥や外聞なんてない。

 到着したばかりの亨君は一瞬たじろぎながらも、すぐに気持ちを切り替えて私に答えた。

「そ、れは、――今、必要なこと?」

 この状況で自分の身内だけ助けるのかという非難の音が含まれる声音だった。

 わかる。

 でも、やれることはやらないといけないんだ。

「必要! みんなを助けるためにも、あいつを倒すためにも、絶対必要。お願いします!」

 私は頭を下げるしかない。

 ひたすら下げ続けるしかない。

「お願い、亨君!」

「――――俺からも、頼む」

 隣で、吾良千輝が頭を下げる気配がした。

 才波真姫ちゃんが息をのむ。……亨君もあきれたように息を吐く。

「残ってるのは吾良君から受け取ったやつだし、吾良君が望むならしないわけにはいかない。……ただし、本当にどうにかできるんだろうね?」

「うん!」

 顔をあげ、勢いよく答える。

 亨君はどうにでもなれといった雰囲気で呪文を唱えた。

「奥義『天長地久』」

 玉が白へと変化し、隼翔たちの傷が治る。

 うん。やっぱりすごいね、奥義。

「ありがとう、亨君」

「どういたしまして。で、これからどうするの?」

 その問いかけに、ただ力強く笑う。

「退治屋『タナベ』の本領を見せてあげる」

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