第15話

 吾良千輝に連れられ退治屋『シン』までやってきた私たちは、さっそく裏山へと向かう。昨日咲姫ちゃんと遭遇した屋敷の裏手には大きな山があり、すでに人がたくさんいた。

 みんな真面目な顔で妖怪を探している。


「ここにいるの、みんな、退治屋『シン』の方なのですよね?」


 こそっと吾良千輝に尋ねた。


「ああそうだ」


「は~、やはり退治屋『シン』はすごいですね」


 こんなにたくさんの退治屋、めったにお目にかかれない。しかもこれ、手の空いてる人だけだよね? 今、ほかの依頼を受けてる人や、大人の退治屋も含めればもっといるってことだ。

 やっぱりすごい。

 こんだけ人がいれば亨君が言ったように私たち部外者が紛れ込んでても気づかれないね。

 それと、制服を着た人がちらちらいることに気づく。

 みんな同じ制服。


「吾良様、あの制服なのですが――」


「私立橘学園の制服だ。『シン』の子供は中等部からみんなそこに通う」


「そうなのですか! では、吾良様も春から橘学園の生徒なのですね」


「ああ」


 へー、へー、へー。

 少し驚いて目を丸くする。


「実は私も----」


「あんまり無駄口をたたいていると、目立つぞ」


 私の発言を遮り、吾良千輝が言う。

 私はあわてて手で口を覆った。

 確かにいくら人が多いて言ったって、べらべらしゃべってたら視線を集めてしまう。今だって、すれ違った人に変な目で見られたし。


「…………」


 今の視線は、「こんな子いたっけ?」の視線じゃなかったな。明らかに敵意だった。はー、やだやだ。同じ退治屋なんだし、こんな時くらい仲良くすればいいのに。

 吾良千輝はこんな状況で何も思わないんだろうか。

 ちらりと隣を見るけれど、表情は読めない。

 無言で一歩、また一歩進んでいく。


 一歩、一歩。

 一歩、一歩。

 一歩、一歩、歩いたところで後ろから鈴音が声をかけてきた。


「あの、私たちはどこに向かっているのでしょうか?」


 それは、私も疑問に思っていたことだった。

 吾良千輝が足を止めて答える。


「この先にかすかだが妖気を感じる」


「良かった、あてもなくさまよっているのかと」


「吾良様は気配察知ができる方なのですね」


 鈴音と隼翔があからさまにほっとした表情をする。

 やめてよ。

 二人がそんな顔すると、察しの良い吾良千輝は気づいちゃうんだから。


「……」


 ほら、吾良千輝が「何かやらかしたのか」って顔で私を見てくる。


「違うんです、吾良様! 私、ちゃんと敵意には反応でき――」



ドォォオオン



「!」


 私の言葉を遮るように、大きな音が裏山に鳴り響く。

 続いて、ゴゴゴと地面が振動する音、バンッと何かがぶつかる音、メキメキと気が倒れる音がした。

 明らかに誰かが何かと交戦している。

 場所は私たちが向かっていた方。

 三人を引き連れて現場に向かったとして、まずすることは妖怪の確認と負傷者の手当て。負傷者の数によってはいったん逃げることも考えれば、逃走経路の確認なんかも必要だ。

 あと、吾良千輝を守りながらどのように戦うかも考えなくちゃ。

 音を聞いてから数秒間、頭の中でいろいろなことを考えていた私の肩を吾良千輝がポンとたたく。


「向こうに向かおうとするなよ」


 あきらめにも似た表情だった。


「えっ、でも妖怪がいるんですよ」


「それはわかっている。むやみに動くなと言ってるんだ」


 そう言って吾良千輝は私の左手を見る。左手には吾良千輝から預かった腕輪を付けていた。

 むぅ、確かに腕輪を守るのが仕事の一つだから勝手には動けない。

 いや、でも、向こうからかすかに悲鳴も聞こえてきてて向かわないわけには――。

 板挟みになる私に救いの手を差し伸べるかのように、三人が進言する。


「俺たちで様子を見てきます」


「莉子様がじっとしていられるはずありませんもの」


「様子がわかれば、いざ妖怪退治となったときすぐに対応できるはずです」


 そう言ってまるで忍者のようにその場から離れる。

 さすが、生まれたときからの関係なだけはある。


 頼んだ、三人とも。


 攻撃の音が鳴り響く中、吾良千輝と二人、その場でただ立って三人の帰りを待つ。

 静かじゃないのに静かに感じる不思議な時間だ。

 こうしている間にも音はどんどん増えていく。

 うぅぅ、今すぐにでも駆け付けたい。

 吾良千輝はよくじっとしていられるな――、


「って、どうしたんですか!」


 目を離した一瞬のすきに吾良千輝が近くの木にもたれかかって、具合悪そうに座り込んでいた。


 怪我?

 でもどこで?

 とにかく術を使おうと口を開く。


「――」


「妖気にあてられたんじゃないの?」


「当主様が抑え込んでる妖怪が吾良君の体から出てこようとしてるんだ」


 いつの間にか、背後に二人の人が立っていた。

 吾良千輝を守るようにしながら、後ろを振り向く。


 立っていたのは、亨君と美少女。


 美少女は見知らぬ美少女ではなく、昨日学校で攻撃を仕掛けてきた美少女だ。

 なんで、この二人がここに。

 昨日までならいざ知らず、先ほど吾良千輝の家の玄関で敵意むき出しにしていた亨君に気を許すわけにはいかない。美少女のほうは昨日の段階で攻撃してきたんだから、なおさらだ。


 くそっ、三人を偵察に行かせたのは失敗だったな。妖怪に気を取られたばかりに、良くない事態を招いてしまった。

 三人が戻るまで、吾良千輝を守りながらこの二人を相手しなければならない。

 警戒する私を見て、亨君は、


「安心してよ。『使命』をはたしに来ただけだから莉子ちゃんには何もしない」


 相変わらずの笑顔を向けてくる。


 こっちだって「はいそうですか」で引き下がるわけにはいかないんだから。

 苦し紛れに、吾良千輝をあきらめてもらえないか説得を試みる。


「向こうに『依頼』を受けた妖怪がいるみたいだよ。行ってみたら」


「『使命』のほうが大事だから」


 笑顔でバッサリ切り捨てられた。


「『使命』『使命』って、亨君たちそんなに当主になりたいんだ?」


「うーん、そこまでは望んでないかな。でもあまりにも『使命』達成率が悪いとさ、退治屋『シン』でやっていくしかくなしってことで、追い出されちゃうんだよね」


「そこのそいつが毎回、『隠し明かし』なんて、トンデモ術で私らの『使命』を燃やしていくから、達成率が最悪なのよ」


 ああ、やっぱり『使命』を燃やしてるから恨まれてしまってる。


「今更、幽霊や妖怪が見えるだけの人間に戻るなんて御免だわ。退治屋『シン』に拾われるまで、どんな思いしてきたと思っているのよ」


 美少女の瞳がわずかに曇る。


 嫌な思い出。

つらい過去。


 美少女が何かを言ったわけではないけど、ミえないモノがミえてしまう人の心の傷は想像できてしまう。

 でも泣きそうな表情はほんの一瞬で、強気な笑みへと変わる。


「弱ってるなら好都合だわ。久々『使命』が達成できそうよ」


 やっぱりそこに帰結するか。


「っ」


 さっきの表情を見て攻撃は、正直しづらい。

 だけどやるしかない。

 私は今、私が退治屋であり続けるために吾良千輝のほうを優先している。私のために選んでいる。

 私は――――。


「今の状態でもお前らを倒すくらいはできる」


 なぜか、弱っている吾良千輝が動き出した。


「ちょ、おとなしく!」


「うるさい。お前に戦わせるぐらいなら自分でする」


「なっ」


 なんでここにきてそんなことを。

 亨君と美少女の眉がぴくっと吊り上がる。


「おとなしくしててくれないかしら。こっちは落とし穴に落ちて手首怪我してるからあまり戦いたくないのよ」


「落とし穴、なんのことだ?」


「あんたんちにあった罠のことよ! 腹立つ!」


 美少女が憤慨する。

 やばい、もしかして昨日落ちた侵入者はこの子? 何も知らない吾良千輝があらぬ誤解を受けてしまう。


「すみません! 落とし穴堀ったの私なんです。謝ります。だから攻撃するのやめてもらえませんか」


 すかさず名乗り出て、被害を食い止める。


「はあっ、あんたが⁉ っていうか、あんた昨日もいたわね。誰よ!」


「退治屋『タナベ』の田那辺莉子ちゃん。吾良君を守るために期間限定で働いてるんだって」


 私の代わりに亨君が答える。

 美少女は私の名前を聞き、


「田那辺……。……! 死神『タナベ』!」


 大変失礼なあだ名を口にした。

 なんで当人の知らないあだ名がそんなに有名なんだ。


「死神『タナベ』が、吾良の護衛……」


 美少女はたじろぎながらも、わずかに警戒心を解く。

 いや、もう、敵意を解いてくれるなら死神だろうが何だろうがこの際何でもいいや。


「死神の名前に驚くなら、退いてくれないかな」


 一人でも多く敵は減らしておきたい。

 気配察知が苦手な私でもわかる。今、ここは敵意を持った人たちに囲まれている。

あっちの木の陰に二人。

向こうの枝の上に一人。

そっちの茂みには三人。

いつから囲まれたかはわからないけど、逃げ場がないレベルでぐるりと囲まれていた。


 亨君がちらりと視線を横に向け、再び吾良千輝へと視線を戻す。


「ねえ、吾良君。俺は君のこと嫌いだけどさ、莉子ちゃんに免じて一つ教えておいてあげるよ」


 言って、手首につけていた腕輪に触れる。


「何をする気だ」


 吾良千輝も応戦しようと腕輪に触れるが、体調が十全でないせいでふらついてしまう。

 その隙を逃すまいと、亨君が声を上げた。


「シン術『紅刃』。効果は対象一体に炎の刃を飛ばして気絶させる、だ」


 言った通り、炎の刃が枝の上に飛んでいく。

 それは今まで出方をうかがっていた敵さんたちを刺激するのに十分な一撃だった。亨君の攻撃を皮切りに、周囲の人が一斉に襲い掛かって来る。


 なんで、こんな――――。


 吾良千輝をかばうように抱きしめながら、私も呪文を唱える。


「っ、『九仙』『八耀』『七霞』以ってすべてを――――」


「必要ないわ。あのくらいの雑魚、私たちで十分よ」


 声がかかる。

 白い光があたりを包む。

 ――――術が、発動する。


「奥義『月影の雫』」


 パンッと何かが割れる音ともに、私たちの周りに透明な結界が現れた。

 襲い掛かってきた人たち全員が弾き飛ばされ、襲い掛かってこなかった二人だけが私たちの前に立つ。


「亘理亨。使命は『吾良千輝を妖怪から守り、意識を奪わせない用意すること』」


「才波真姫。使命は『吾良千輝の守るべきものを守ること』」


 一拍おいた後、二人が声をそろえて言う。


「今回は味方だ」


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