第14話:
吾良千輝と朝食を食べ終えたあたりで、チャイムが鳴った。
「あ、もしかしたら昨日言っていた三人が来たのかもしれません。私見てきますね!」
意気揚々と立ち上がり、玄関へと向かう。
「俺も行く」
当然のように吾良千輝もついてきた。
吾良千輝もついてきちゃうのか……。いや、まあ、遅かれ早かればれることではあるしな。先に見せておくほうがいいのかも。
私の従者たちのこと。
玄関を開けると、予想通り隼翔、鈴音、彰隆の三人がいて、
「莉子様、会いたかった!」
「私のこと忘れたのかと思いました!」
隼翔と鈴音が私に抱き着き、
「お変わりなさそうで安心しました」
彰隆がその場で静かに微笑む。
吾良千輝には目もくれず、三人は私のことばかり気に掛ける。
自分で言うのもなんだけど、この三人は本当に私第一だ。一番冷静な彰隆でさえ第一声は私に向けるんだから。
うれしいけども、主として注意するところはしなければ。
「三人とも。こちらが、今、私がお仕えしている吾良様。挨拶して」
この場で一番偉い吾良千輝を無視してはいけない。
ここにいる全員同い年だけど立場というものがある。
私が注意すると、三人は態度を改めて順番に挨拶をしていく。
「お初にお目にかかります。俺は退治屋『タナベ』所属、黒薙隼翔と申します」
「同じく退治屋『タナベ』の白藤鈴音と申します」
「えっと、戸來彰隆です。よろしくお願いいたします」
真面目にあいさつして、それから、
「莉子様、莉子様! なんで連絡くれなかったんですか!」
「私たちから連絡するのはダメでも、莉子様からならしてくれてよかったんですよ!」
「莉子様のお力を疑うわけではありませんが、心配なので連絡をしてください」
再び私に引っ付く。
まったく。吾良千輝があきれたような顔してるじゃん。会えなかったって言っても二日だけでしょ。
「すみません、吾良様。こんなですが、頼れる友人なので」
「………………ああ」
び、微妙な反応!
不思議なものを見る目で見られている!
確かに三人の、特に隼翔と鈴音の愛情表現は過剰かもしれないけど、なにもそんな目で見なくても。
え、もしかして、私たちって、自分でも思っているよりも変なのかな。困る。中学校からは他所でやっていくっていうのに――――、
「!」
玄関の外から何者かの気配を感じ、視線を向ける。
構える間もなくガラッと開く玄関。
「あれ、人が増えてる」
「亨君……」
入ってきたのは亨君だった。
私は警戒を解き、亨君に挨拶をする。
「おはよう、亨君」
「おはよう、莉子ちゃん。それと吾良君。……と、あとは、もしかして、隼翔と彰隆と鈴音ちゃん?」
亨君が三人の名前を呼ぶ。
ここでようやく、隼翔と鈴音が私から離れた。
「亨君だ! 久しぶりだな」
「二年ぶりかしら。元気にしてた?」
「そういえば亨君も退治屋『シン』でしたね」
思い出すのに時間がかかった私とは違い、三人はすぐに亨君に挨拶をする。きゃいきゃいと再会を喜ぶ三人をよそに、私は少し申し訳なさを感じてしまう。
再開のあいさつを交わしながら、
「それで、亨君はなんでここに? 吾良様に用か?」
と、隼翔が無邪気な表情で尋ねた。
「ああ、うん。はい、これ」
隼翔に言われ、亨君が一枚の紙を吾良様に渡す。短冊状で、『使命』とやらが書かれた紙とよく似ていたけど、こうして堂々と渡すってことは違うんだろう。
「気になる?」
私の視線に気づいた亨君が、私に問いかける。
「気になる!」
「妖怪退治の依頼だよ」
「妖怪退治!」
「退治屋『シン』の裏山で妖怪が暴れてるんだって。だから手の空いた人で対処してほしいってさ。莉子ちゃんも来る?」
「いいの⁉」
「人はたくさん来るだろうし、一人くらい紛れててもわからないって」
「四人だけど」
「一緒一緒」
「やった、じゃあ行----」
「おい」
もろ手を挙げて喜んだところで、吾良千輝が静かに私の肩をつかんだ。
「なんで勝手についていこうとしてるんだ」
顔に「おとなしくしてろと言っただろう」と書いてある。
あう……。
「すみません」
素直に頭を下げる。
落ち込む私の前に、亨君がすっと出た。
「まあまあ。いいじゃん、莉子ちゃん連れたって。――――むしろ吾良君が来るより感謝されるかもよ」
シンと、一瞬にして場が静かになる。
私を吾良君からかばうために出た言葉は、やけにとげがあって、不穏な空気を漂わせる。
気配察知が苦手な私でもわかる。亨君から発せられるこれは――――敵意だ。
思えば、私は亨君の気配にだけは敏感に察することができた。私が感じ取れるのは敵意だけ。亨君はずっと吾良千輝に向けて敵意を放ってたんだ。
亨君の出方によってはこの場で乱闘になることも考え、私はそっと三人に目配せをする。
が、
「まあ、吾良君が呼ばれてるんだし行かないっていう選択肢はないよね」
と、亨君はいつも通りに笑顔に戻ってそう言った。
「莉子ちゃんたちのことだって吾良君が決めればいいよ。じゃあ、俺の用件は済んだから」
それだけ言うと、術で巨大な鳥を召喚して帰っていく。
玄関には吾良千輝と、私と、隼翔、鈴音、彰隆の五人が残されることになる。
気まずい。
鈴音がそっと視線で「どうしますか」と尋ねてきた。
どうしますか、っていわれても、どうしよう、だよ。吾良千輝と会ってまだ三日。なんて声を掛けたらいいのかわからない。
「あの、吾良様--」
「出かける。準備をしておけ」
私の言葉を遮り、吾良千輝はさっさと部屋のほうへ行ってしまった。
吾良千輝の背を見送りながら、
「ついていってもいいということなのかな?」
「準備しておけ、ということはそういうことなのでしょう」
と会話する。
準備は、三人が来た時点で完璧と言えるからこのままここで待っていよう。
彰隆が、ぽつりとつぶやく。
「吾良千輝様は、退治屋『シン』の中で嫌われているんでしょうか?」
ズバッと切り込んできたな。
ならばこちらも正直に答えよう。
「否定はできない」
退治屋『シン』は当主の座をかけて争う仲間なので、もともとそんなに仲が良くないのかもしれないけど、それにしたって吾良千輝は嫌われている気がする。
「何か理由があるのでしょうか」
鈴音が口元に手をあててぼやく。
「顔がいいから嫉妬されてるとか」
「妖怪退治屋として良くない部分があるとか」
隼翔と彰隆も考え出す。
うーん、吾良千輝が嫌われる部分……。妖怪退治屋として良くない箇所かあ。
考えて、ふと、台所で『揚羽』が言っていたことを思い出す。
「『揚羽』がいうには、吾良千輝から人でないようなまがまがしい気配を感じるらしいよ」
私が言うと、三人の視線が一気にこちらに集まった。
「莉子様、それが答えだと思います」
「退治屋の中に悪しき存在が混じっているのが嫌なのですわ、きっと」
「それに妖怪に接することで妖怪になってしまうこともありますから、警戒しているんでしょう」
なぜそこに気づかないんだ、という目で見てくる。
い、言い訳させて!
「退治屋『シン』は咲姫ちゃんっていう妖怪と契約して退治屋してるんだよ。なのに吾良千輝にだけ文句言うのっておかしくない?」
「それでも本能的恐怖を抱いてしまうものなのですよ、莉子様」
「吾良千輝様の力が強ければ強いほどなおさらですわ、莉子様」
隼翔と鈴音が諭すように言うけれど、私はぴんとこなくて混乱してしまう。
「本能的……」
「敵わないと思った相手に恐怖するということですよ、莉子様」
「なまじ妖怪ではないからこそ避けてしまうのですわ、莉子様」
二人が言い、最後に彰隆がこう尋ねてきた。
「莉子様は、吾良千輝様のことを怖いとは思わないのですか?」
それは考える必要もない質問だった。
私は答える。
「全然怖くないよ」
だって吾良千輝は吾良千輝だし。
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