ショート:お酒が入ると人が変わるとはよく言ったものだ。

「陰山、次何飲みたい?」

「あー。焼酎行きたいですね。花寺主任も飲めますか?」


 半端に残った生ビールのジョッキを傾けながら言う。もともと陰山と花寺は同じ部署で、ほぼ同時期に左遷されたらしい。当時は花寺が教育係で主任と呼んでいた癖が抜けないようだ。

 今では部長補佐まで務める彼女は苦笑いを浮かべながら、メニューを開いた。


「俺は生しか飲めないから勘弁してくれよ?」

「じゃあ、普通に黒霧島とかでいいですかね?結構軽いですし、一口ぐらいなら…。」

「なんだ陰山ビビってんのか?飲めない奴は放っておいて、好きなもの頼め。」


 ハイペースな陰山につられたのか、花寺はしっかりと悪酔いしていた。水もつまみもろくに口にしないまま、がつがつアルコールを入れていたことから嫌な予感はしていたのだが…。


「開き直って二階堂とか言っちゃいます?」

「俺はサワー系行こうかな。あと唐揚げ。っと、フライドポテト追加で。」

「太るぞ」

「うっせ」


 花寺からの軽口を笑い飛ばしながら店員を呼ぶ。焼酎で迷っていた陰山がハイボールとロックのウイスキーを頼み始めたので二人して目を丸くしていた。


「お前、つまみとか食わないのか?」


 先ほどから、フライドポテトや軟骨、とり皮串などを頼んでいるが、ほとんど俺が食べている。というのも、酒は得意じゃないからだ。悠が来る前は、ただでさえ薄い安酒をほぼ炭酸水で割った酒とも呼べないようなもので晩酌を楽しんでいた。


「俺、酒好きなんですよ。」

「まあそれは見たらわかるな…。」


 空になった熱燗の瓶や、何度もお代わりをしたジョッキの形跡があれば誰でもわかるだろう。むしろこれで酒が嫌いだと言われる方が信じられない。

 普段の陰山の印象からかけ離れてはいるが、楽しそうに飲んでいる姿を見ているとこっちまで気持ちよくなってくる。財布の心配をしている花寺の顔は青白いが…。


「すまん、ちょっと吐いてくる。」

「バカ、一気に飲みすぎたんだよ。大丈夫か?」


 ……ただ悪酔いしてるだけだった。


 少し前に迎えが遅れるかもしれないとメッセージを送ったが、まだ既読はつかない。おそらく授業中なのだろう。悠が必死に勉強している傍らで、同僚たちと酒を酌み交わすということに、かすかに罪悪感が沸き起こる。


「陰山って一人暮らしか?」

「いや、実家です。先輩は…?」

「ああ……。ちょっと訳ありでな。親戚の面倒を見てる感じだ。」


 まさか聞き返されるとは思わず、思わずたじろいでしまった。


「お前、人に興味ないタイプかと思ったけど、違うんだな。」

「いやあんまり興味ないですよ。ただ、虹村先輩は仕事出来て尊敬してたんで……。」


 思いもよらない言葉を投げかけられ柄にもなく感動してしまった。以前の俺なら、合理性がないからと言って花寺の誘いも断っていただろう。そもそも、陰山に仕事を任せることも無かったはずだ。

 スッと重い荷物を外したかのように肩が軽くなる。この感覚が怖くて怯えていたのに、悠のおかげですっかり慣れてきてしまった。不思議と、感じていた恐怖は抱かない。


「花寺主任、ワインとか飲めますかね。」

「その辺にしてやれ…。お前、容赦ないな。」


 トイレで呻いているであろう彼女の姿を思うと、ここの勘定を半分持ってやろうという気になった。……金、あったかなぁ?


……to be continued

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