休日出勤上等!!癒しがあればどんな無理難題もへっちゃらです。

「ただいまー。」

「おかえりなさい!!お昼ご飯、食べますか?」


 休日出勤という苦難を乗り越え、さっそうと仕事を済ませて午前中のうちに帰ってくると、エプロン姿の悠が玄関まで迎えに来てくれる。

 たった一月でそれなりに伸びた髪はポニーテールにしており、健康的でなめらかそうな白い首筋が見え隠れしている。あまり見つめると、照れて隠してしまうのである程度目の保養になったら視線を逸らさなくてはならない。


「な、なぁ。休日出勤ってえらいと思わないか?」

「ええ、いつも頑張ってるなぁって思ってますよ。……あ!!」


 彼女の優し気な微笑みに、ばつが悪くなって視線がさまよう。細い指がゆっくりと頭の方に伸ばされて寝癖がついたままの髪の隙間を通る。明後日の方向にはねた髪の毛を押さえつけるように何度も撫でられた。

 こうして彼女の温かさに甘えているときは、嫌な上司のことも終わらない仕事のことも、何もかも忘れられる。いびつで非合理な幸せと分かっていてもやめられない。


「悠ぁ…。」

「大丈夫です。量さんは頑張ってますから。よしよし。」


 なかばむりやりしゃがまされ、悠の胸元に顔をうずめる。柔らかく心地い感触と甘い匂いにおぼれながら、後頭部をさする彼女の手に身を任せる。

 しばらくそうしていると、軽く二度叩かれ、抱かれていた頭が離される。


「ご飯食べましょう?カツサンドですよ。」


 昨日の夕食であるトンカツをトーストで挟んだだけだが、わざわざ揚げなおしてくれていたらしく、新鮮でみずみずしい野菜と相まって、売られている物よりもおいしかった。


「いいなカツサンド。店のより全然旨いぞ!!」

「ふふ…。量さんへの愛情が籠ってるんですよ。」


 色気のある流し目に思わずどきりとするが、思ったより恥ずかしかったのか、耳を真っ赤にして顔を隠した。一瞬みせた大人っぽさなど微塵もない愛らしい表情に思わず顔がほころぶ。


「量さん、今日はもうお仕事ないんですか?」

「ああ。全部片づけてきたからないよ。どこか買い物に行く?」

「いえ、特に買うものはないです。ただ…そばに居たいなと思って…。」


 首を傾けながら囁く彼女は実に魅力的で…。目の奥にある歪な愛情に気づかないふりをしながら、「じゃあゲームでもするか?」とすっとぼけた様子で返した。一瞬不満げな表情を浮かべるが、すぐに隠して笑顔になる。


『もしもし。我である。』

「ああ、白鯨か。どうした?」


 ゲームを起動してすぐに白鯨から電話がかかってきた。


『そろそろ寝ようかと思っていたころに、おぬしがインしたのでな。やるなら我も永久の時を起きるつもりであるが…?』

「あー。悠もいるけどいいか?」

『うぇ…!?い、いいでござるよ。大丈夫…だと思う…。』


「キャラ崩れてんじゃねえか」という言葉は飲み込んで…


「キャラ崩れてんじゃねえか」

 ……飲み込み切れなかった。


 必死に取り繕うと言い訳をしている白鯨を放って、悠にこいつを誘ってもいいか聞いてみる。能面のような笑顔で「いいですよ。」と言っていたので、あとでスイーツでも買ってご機嫌取りをしておこう。

 しかし、そんな心配をよそに、白鯨の面倒見のいい性格と悠のコミュ力が合わさって、三人仲良くゲームを楽しんでいた。……のはいいのだが、白鯨が俺の厨二時代の黒歴史をばらしたことは絶対に許さない。


『で、そのとき、量は俺に「お前も俺と共鳴しちまったのか…?運の悪い奴だ」って言ったんでござるよ。』

「あははは。量さんって昔そんな風だったんですか?」

「お前マジで、今度会った時殴るからな!!」


 途中からはゲームそっちぬけで談笑していた。少しトイレで離席するといって戻ってきたときには缶ビールを開ける音が聞こえてきたことから、酒に頼って寝落ちするつもりらしい。


『我は一足先に飲ませてもらうでござる。』

「あー。俺も飲もうかな。悠は?」

「じゃあ、オレンジジュースでお願いします。」


 キッチンに向かったついでにいくつかのスナック菓子も一緒に持っていく。ゲームの電源も落として完全にお喋り晩酌の腹積もりだ。

 調子よく缶を開けていく白鯨に合せて飲んでいると、ふとした拍子にわき腹をつつかれた。


 悠から飲みすぎだと警告を受けてしまう。


「この前もべろべろになってから私の迎えに来たじゃないですか。大人なんですから自制してください。」

「はい…。ごめんなさい。」

『アハハ!!量殿怒られてやんの。』『お兄ちゃんうっさい。ってまた飲んでるの!!』


 俺がシュンとしている姿を肴に飲んでいると、彼の背後から悠と同じようなフワッとしたルームウェアを着た少女がやってくる。痩せた白鯨を女にしたような顔の彼女が、噂の妹だろう。というか、女性恐怖症の白鯨の部屋に入れる女性なんて限られている。


『あ、量お兄ちゃんじゃん。おひさー。』

「おう、久しぶり。大きくなったな。」

『バカ兄貴がうるさくてゴメンね。じゃ、また。』


 挨拶を返す間もなく通話が切られてしまう。「噂の」なんて言ったが、白鯨とは長い付き合いであり、彼の家に遊びに行ったこともある。当然、面識もあったし、なんならラインも交換している。なぜかはわからないが…。


 記憶が正しければ、悠と同い年だったはずだ。


「じゃあ、こっちもお開きにするか。」

「そうですね。片付けましょうか。」


 お菓子の袋や空き缶で汚れてしまったリビングを片付けるために立ち上がった。すると、酔いが回っているためか足取りがおぼつかない。倒れそうになったところを悠に支えられて、互いに顔を合わせて笑い始めた。別に何が面白いというわけでもない。ただの深夜テンションだ。


 夕食もろくに食べないまま酔った勢いに任せて悠に膝枕をしてもらう。人肌で揺れる心地よさに眠気が誘われ、いつの間にか寝てしまっていた。


……to be continued

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