第26話 織姫と彦星
約束の時間に駅へ向かうと、ちょうど銀河鉄道がホームへ入ってくる。
その車両から降りてきた客は一人だけ。祭典を終えた『星の国』に来る人なんて限られているのだ。
彼は私の姿を見つけると、ゆったりとした足取りで近づいてくる。
「どうしたんですかリゲル会長。こんな時間に呼び出して」
相変わらず敬語を続けるウィリアミーナに私はため息をついた。
「白々しいわねえ。あなたももう気がついているはずなのに」
「おや、懐かしい言葉遣いだ」
「もう強くいる必要もないしね。あなたもそのバカ丁寧な喋り方やめたら?」
いつもの帽子はどこへいったのだろうと疑問が湧くが、失礼だなーと言いながら髪を掻き上げる彼の姿にそんな思いはすぐに消え去る。
「失礼だなあ。この喋り方は仕事のせいだってのに」
「私と会うのは仕事じゃないでしょう」
ふと、静寂が訪れる。
しかし私たちがそんなものに耐えられるはずもなく、二人同時に吹き出した。
「久しぶりだね、ハニー」
「何がハニーよ。……久しぶり」
「で、今夜の目的は?」
「お互い積もる話があるだろう。ミラの店を無理言って開けてもらってる」
「職権濫用だね。さあ、今夜は語り明かすぞ」
こうして素で話すのは何年ぶりだろう。
彼女は人間になった。
彼は星になった。
でも、変わらないなと思ってしまう。
人間でも星でも、私は彼を愛しているのだから。
「行きましょうか」
ミラの店に着くまでに、二人に会話はない。お互いがお互いを探り合っているようで、やはり数年のブランクは大きかった。
祭典開催時とは打って変わって大通りは静かだった。出店もほとんどが既に畳まれており、ミラのように建物として構えている店に辛うじて光が灯っているくらいだ。
そんな数少ない明かりのある店の門を私は叩く。すぐにミラが顔を出した。
「いらっしゃいませ。お待ちしていましたよ」
「悪いね、こんな時間まで開けてもらってて」
「そんな全然。気にせずゆっくり語り明かしてください」
「ありがとう」
私が感謝の言葉を述べると、ウィリアミーナ改め犬飼賢治も頭を下げた。
「さあ、お入りください」
祭典の時とは雰囲気が違う。天井照明は消されており、暖色の間接照明だけだ。中華料理屋からバーに様変わりにミラのこだわりを感じた。
「すごい、いつもと全然違う」
「今夜だけのスペシャルです」
賢治がその変化に感想を漏らすと、ミラは褒められたことに喜びを見せる。
私たち二人はカウンター席に案内させられた。
「星屑酒でよろしいですか」
「いいでしょ」
「そうだね。最初はそれがいい」
「かしこまりました」
ミラは青白く光る瓶の栓を開き、二つのグラスに順に注いでいく。
ぼんやりと光る液体の中に、強く光る泡が下から上へと上がっていた。まるで天の川から採った天然水のようだ。
彼女は私たちに一礼し、店の奥へ去っていく。気が利く女性だ。
「それじゃあ、乾杯」
「乾杯」
グラスをぶつけ、喉にアルコールを流し込む。
半分ほどになったグラスを置いて先に口を開いたのは賢治の方だった。
「いやあ、それにしてもよく僕に気がついていたね。一体いつから?」
「この姿で初めて会った時よ」
「え、じゃあ挨拶した時か」
それは数回前の『星の祭典』の準備の時まで遡る。
いつものように地球からゲストを連れてきてもらうための打ち合わせを銀河鉄道の職員と行うときだった。
列車から降りてきた男はいつもとは違う男。でもその顔に私は見覚えがあった。
「初めまして。今年度からこの路線を担当することになりました。ウィリアミーナです。よろしくお願いします」
彼は私の知っている名を名乗らなかった。しかし絶対に犬飼賢治だという自信があった。心から愛した人の顔を忘れるはずがない。
向こうだって気がついているはずなのに、そんなことはないように振る舞っている。そっちがその気なら私も気が付かないふりをしてやる。
「うん、確かに僕もその時すぐに気がついたな。まさか恋した人が星だったなんて。泡を吹いて倒れそうだったよ」
「よく言うわ。飄々としてたじゃない」
「そうかい?」
そして、地球から帰ってきたシェリーから私たちの息子である犬飼昴介に恋をしたと聞いた。
運命だと思った。私たちが罪滅ぼしをできるチャンスだ、と考えた。
「実際できたと思うわ。私たちが地球で果たせなかった親の役目を果たせた」
「ああ本当に。君はよく頑張ったね」
「あなたもでしょ」
グラスが空になるとミラが二杯目を注いでくれ、また店の奥へと戻って行った。
「それにしても、僕は本当に幸せ者だと思う」
と、賢治は話題を変える。
「まず死んだのに星に生まれ変われる時点で恵まれてるし、何よりこれだけ星の数がある中で君に再会できた。まさに奇跡だよ」
「出たわね、賢治のロマンチスト」
「いやこれは奇跡以外ありえないだろう? 他に何て言葉で言い表すんだ?」
照れているのか、お酒が弱いせいか頬がもう赤くなっている。その間抜けな顔に私は口の中のお酒を吹き出しそうになってしまった。
「何だよ」
「いいや。でも今回ばかりは本当に奇跡としか言いようがないかもね」
彼が顔を近づけて来たので私も自然と目を瞑る。
唇に懐かしい感触がした。
腕を彼の背中に回す。
しばらくそうしたまま動かなかった。
「愛してる、リゲル」
「私もよ、賢治」
久しぶりにこんなことをしたためか、二人とも照れてしまい無言の時間が訪れる。
何か話さなければ、と考えれば考えるほど言葉が出てこない。
若いならまだしも、もうお互い良い年になって来ているのに。
「今度、一週間ほど休暇がもらえるんだ。リゲルが良ければなんだけど、銀河鉄道旅行にでも行かないかい?」
「あら、休暇なのに職場からは離れられないのね」
「嫌なこと言うなよ。職場と言えど立場は変わるんだから」
「冗談よ。ぜひ行きましょう。あなたと一緒ならどこへでも行くわ」
ミラに代金を払い、私たちは店を後にした。
丁度良くやってきたリゲル行きの列車に二人は乗り込む。彼は私を星まで送ってくれるというのだ。どこまでも優しい男である。
星に着き、列車を降りると彼は客車から手を降ってくれる。
次は会えるのは一年後の『星の祭典』というのは今までの話。もう織姫と彦星ではないのだから。
彼の休暇は一ヶ月後。つまりあと一ヶ月待てばまた彼に会えるのだ。
一年という月日に比べたら一ヶ月なんて大したことない。
列車が走り去っていく。車輪と線路の摩擦で生まれた火花が星屑となって宇宙
空間へ散ってく。
満点の星空を見上げ、私は大きく伸びをした。
そしてこう思うのだ。
「世界は素晴らしい」
と。
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