第七夜

第25話 もう一人のロマンチスト


 昴介青年とシェリーを送り出してから数か月。


 僕は宇宙で一番大きい銀河鉄道の駅付近にある図書館へ来ていた。

 星屑を用いた蛍光灯が館内を照らす、宇宙最大の敷地と蔵書量を誇る超巨大マンモス図書館。


 リゲルさんが雑過ぎるあまり、『星の国』に僕が求める資料が残っていなくて、こんな遠い場所まで出てくるはめになってしまったのだ。困った前会長だ。


 目的の資料を見つけ、梯子から降りると、


「おやおや」


 と何者からか声をかけられる。


 僕が背中の方を見ると、制服姿のウィリアミーナがいた。


「リゲル会長の側近がなぜこんな所に?」


 僕は持っている『星の祭典』協会の資料を見せながら答える。


「リゲルさんはもう会長じゃないんですよ。つい先日退任しました。次は僕です。で、その引き継ぎの資料をここに見に来たってわけです」


 それを聞いたウィリアミーナは嬉しそうな笑みを浮かべた。


「リゲルさんやめてしまったんですか。知らなかったです。でもまあ、それは良かった」

「良かった? なぜ?」

「え、頭のいい君なら勘付いていると思っていたんですれど。いいでしょう。あなたならお話しても構わない」


 と、ウィリアミーナは目の前にあった椅子に腰を掛け、僕にも向かいの席に座るよう促してきた。


「要は、あなたに嫉妬していたわけですよ。ずっとあの人の隣で仕事ができるあなたに」

「はい? 嫉妬ですか?」

「そう、嫉妬。まだお気づきでないようですね。でもあなた、自分で言っていたじゃないすか。『リゲルさんと昴介が似てる』って」


 確かに、昴介青年たちを見送る際に、そう言った覚えがある。でも、それとこれに何の関係があるというのだ。


 僕は頭のありとあらゆる機能をフル稼働させて考えてみるが、答えを見つけられなかった。


「じゃあ、初めから教えて差し上げます。別に大した話ではないんですよ。ありふれたロマンチックな恋の話です」


 ウィリアミーナはそう言って、彼の過去を自ら語り始めた。






 まず私の正体について話さなければ今から話す内容を理解できないでしょう。ネカルさんは疑問に思いませんでした? ウィリアミーナなんて星があったか、と。ありませんよ、そんな星。え、じゃあ偽名なのかって? 嫌だなあ、偽名じゃありませんよ。もちろん本名でもないんですけどね。


 私は以前、人間だったんですよ。事故でうっかり死んでしまったんですけど、気がついたら星になっていました。いや驚くのはまだ早いです。えーと、だから、まだ星になって間もないのです。そのため、人間にも発見されておらず、名前なんて付けられていない。だけど銀河鉄道に就職したからには名前が必要なわけでして。さて何と名乗ればいいだろうかと考えました。人間だったころ、自分の姓は彦星という意味があったんですけれど。そうです、七夕物語のあれです。だからそれを元にこと座RR星という星を発見した地球の天文学者、ウィリアミーナ・フレミングの名前を頂いたわけです。誰だそれって? 大丈夫、地球人でも知ってる人の方が少ないですよ。


 では、これを前提に聞いてくださいね。今からは私が人間であった頃の話です。


 私が地球の鉄道会社で働いていた頃、ある女性と運命的な出会いをしました。


 私の町に来るのが初めてだったのか、辺りをきょろきょろ見回していて、


「何かお困りですか?」


 と声をかけました。すると、その女性は目を輝かせながら、


「ソフトクリームというものを食べてみたい」と言ったんです。面白い人だなと思いましたよ。まるでソフトクリームを見たことがないような言い方じゃないですか。きっともう、その瞬間、私は惚れてしまっていました。一目惚れってやつです。


 彼女を駅内のソフトクリーム屋に案内し、私は仕事があるので持ち場に戻りました。


 仕事が終わったあと、彼女のことを思い出しながら嫌いだったソフトクリームを食べてみました。すると、なぜか美味しく感じるんです。不思議ですよね。好きな人の好きな食べ物は美味しく感じてしまう。


 また会えることを願いながら、一週間が経った頃、彼女が再び駅に現れました。


「この前は、ソフトクリームを教えていただき、ありがとうございました。とても美味しかったです」


 と、わざわざお礼を言いに来てくれたのです。なんていい人だ、と自分の気持ちを自制できずに私は言いました。


「あの、もしあなたが良ければなんですけど、今夜、一緒にお食事をしませんか」


 と。


 まさか了承をもらえるなんて思ってもみませんでした。


 その夜、駅の近くのレストランで色々お話をしてみると、意外にも共通点が多いことがわかりました。ロマンチストなところ。星が好きなところ。


 どんどん仲良くなって、ありがたいことに、子供ができました。しかし、生まれる直前になって私は通勤中に事故に遭ってしまい、もう地球上には戻れなくなってしまいました。


 星になってからわかったのですが実は彼女、人間の姿になっていた星だったんですよ。息子が生まれですぐに、一年の期限が終わり、強制送還されることを予期した彼女はまだ幼い息子を残すことを悲しく思いながら、自分が突然いなくなってもいいように準備しました。彼女がいなくなってから、無事に異母兄弟の弟が息子を発見し、大切に育ててくれたのです。






「その子って……」

「ええ。私とリゲルの息子。犬飼昴介」


 それを聞き、今まで持っていた疑問が解決される。やたらリゲルさんが昴介青年を大切にしていること、二人の顔が似ていること。彼の魔法の上達が人間にしては早かったのも、星の血が流れていたからとなれば納得だ。


「リゲルは子供を残したまま、こちらへ帰ってきたことがずっと胸に引っかかっていたようでした。だから、シェリーの恋人が昴介だとわかった途端、その年の『星の祭典』のゲストを昴介に決めて、私に知らせてきました」


 私もまさか昴介がゲストになるなんてと驚きましたよ、とウィリアミーナは話を続ける。


「きっと、彼女は昴介とシェリーを結び付けて幸せにしてあげることで罪滅ぼしをしたかったんだと思います」

「昴介青年とシェリーの愛の裏には知られざるもう一つの夫婦の愛があったんですね」

「ええ、まあ。私たち親にできることはそれくらいですから」


 と、照れるようにウィリアミーナは頬を掻く。


「リゲルが私の正体に気が付いているかはわかりませんけど、私は今、幸せですよ」

「え、言ってないんですか」

「そうですよ。一年に一回、『星の祭典』へゲストを連れてくるときにだけ会うんです。ロマンチックでしょう」


 昴介のロマンチスト気質も父親の遺伝なのか……。


「本人のあなたがいいっていうならいいですけど。あ、僕はそろそろ仕事に戻ります。ウィリアミーナさんも、いつまでもここにいるわけにはいかないでしょう」


 と、僕が席を立つと、ウィリアミーナも「そうですね」と立ち上がった。


「あれ、そう言えば、ウィリアミーナさんはなぜここへ?」

「大好きな『七夕物語』の本を借りに来たんです。地球の本を取り扱っている図書館はこの場所くらいですから。私とリゲルの結婚記念日には必ずここで借りるように決めてるんです」

「どうしてウィリアミーナさんは『七夕物語』が好きなんですか?」

「私とリゲルって彦星と織姫みたいじゃないですか? 昴介やシェリーと違って本当に一年しか会えていなかったんですよ」


 それを聞いてさすがに引いてしまう。


「どこまでロマンチストなんですか……さすがに気持ち悪いですよ」


 ウィリアミーナは真面目な顔をして、呟いた。


「だってロマンチックな恋ほど魅力的な恋はないでしょう」

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