第24話 浪漫飛行

 銀河鉄道がホームにやって来て、俺たちは客車に乗り込む。


「昴介青年! 元気でな!」

「おい、俺が言おうと思ったことを先に言うんじゃねえ」

「昴介さん、シェリーちゃんを幸せにしてくださいね」

「もちろんです」

「シェリーいいか。この男に少しでも嫌なことをされたら俺に伝えろ。すぐにこいつを殺しに行く。それから毎年ちゃんと『星の祭典』に来て顔を見せるんだ。わかったか? それから」

「あなた、もういい加減にしてください」

「お父さんも、お母さんも今まで私を育ててくれてありがとう」

「昴介君。シェリー。君たちは私たちの希望だよ。スラファトじゃないが、毎年こっちに来てくれ」

「もちろんです。そして、ネカルもありがとう」


 と、俺はネカルの方を見る。


「こっちこそ。お幸せに。あ、あとこれ」


 ネカルの手には大きな箱が抱えられていた。


「うちの店の団子だ。結局、最後まで食べに来てくれなかったからな。お土産として持って帰ってくれ」


 あ、確かに、ネカルの店へ行くのを忘れていた。いや、まず時間もなかったし……、と心の中で言い訳をしながらその箱を受け取る。


「美味しくいただくよ」

「それにしても、本当に昴介青年はリゲルさんにそっくりだな」


 と、ネカルは俺とリゲルさんの顔を見比べた。


「顔つきまで似てきた気がする」

「ええ? 私に? どこが」

「宇宙規模の大恋愛してるところとか」

「そこしかないじゃないか」

「いや、でも醸し出す雰囲気というか、なんというか」

「まあ、一年間ひとつ屋根の下で過ごしたからね。ちょっとくらいは似るよ」


 二人のやりとりを微笑ましく見ていると、発車の汽笛が鳴る。


「それじゃあ、また一年後に」


 リゲルさんと窓越しに抱擁を交わし、列車が出発する。

 次第にみんなの姿が小さくなり、やがて見えなくなった。







 地球へ帰ってみると、俺の住む町では朝を迎えていた。俺と琴が地面に降りると、ウィリアミーナが車掌室からこちらを覗いてくる。


「現在の地球の時刻は午前七時。日付は以前地球に来た日の翌日にリゲルさんが設定してくれています。感謝ですね」

「そうだったのか。ありがとう、って伝えておいてくれ」

「私からもお願いします」


 本当に、リゲルさんには感謝しかない。琴に会えたのも、リゲルさんが琴に人間になれる魔法を教えたから。琴と再会できたのも、リゲルさんが俺をゲストに選んでくれたから。琴と再び地球に来れたのも、リゲルさんの魔法のおかげだ。


 そのために地球と『星の国』を行き来できたのは、このウィリアミーナのおかげだ。


「ウィリアミーナも、今までありがとう」

「仕事ですから」


 と、彼ははにかむ。そして帽子を脱ぐと下に投げ落とした。俺がそれを拾い上げると、


「プレゼントです。成長した昴介君へ」

「もらってもこんな帽子を被る機会なんてないよ」

「そうは言わずに」

「いらないなー」


 と笑ったが、俺はありがたくそれを受け取る。


「あなたたちは私にとって特別なお客様です。別れを惜しみたいところなのですが、もうすぐ『星の国』へ戻らなければなりません」


 ウィリアミーナは自分の腕時計を見ながら言う。


「シェリー。昴介君と幸せになってくださいね」

「はい!」


 続けて彼は俺と視線を合わせ、一度咳払いをしてから口を開いた。


「昴介、元気でな。ちゃんとシェリーを大切にするんだぞ」


 え、今なんか喋り方がおかしかった。


 そう言う前に、強烈な光と共に銀河鉄道は地球を去ってしまう。列車が通った残光の尾だけが明け方の空に残っている。


 今のは何だったんだ? 疑問は残るが、一先ず家へ帰ろう。白川おじさんに琴を紹介しなければ。


「行こうか」

「うん」


 あの長い階段を下りて、あの通学路を通って、実質一年ぶりの家へ帰って来る。


 まだ日が昇り切っていない朝。もしかしたら、おじさんは起きていないかもしれないと思いながらも、インターフォンを押してみる。案の定、反応はなかったが、念のためもう一度押してみると、


『誰ですか。こんな朝早くに』


 と億劫そうな声が聞こえて来た。


「俺だよ。昴介だよ」

『昴介? あいつは昨日家を出たばかりだ』

「だから帰って来たんだよ」

『はあ?』


 玄関の向こう側から足音が聞こえ、鍵が開けられると、あの日と同じ服を着た白川おじさんが現れる。


「ただいま」


 俺を認識したおじさんは、次に琴の方を見る。琴もそれに対し頭を下げると、


「お前……一夜で大冒険でもしたのか? 本当に兄貴そっくりだな」


 何かを察したようなおじさんは俺たちを家の中へ促す。


「ほら、疲れただろ。入りな」


 まず琴が「お邪魔します」と入り、俺も続こうとすると、


「おい、ちょっと待て」


 とおじさんに止められる。


「どうかした?」

「その帽子は何だ」

「これは、もらったんだ」

「何の冗談だよ。その帽子は誰も持っていないはずだ」

「どういうこと?」


 俺が尋ねると、おじさんはゆっくりと答えた。


「それは、兄貴が、お前の親父が現役で車掌をやっていたときに使っていた帽子じゃないか」

「は? そんなわけ」

「バッジを見てみろ」


 言われて俺は帽子にバッジが付いているのを発見する。こんなものが付いていただなんて気がつかなかった。そのバッジは星型で、二文字のアルファベットが書かれていた。


『K・I』


「これって……」

「犬飼賢治。お前の親父のイニシャルだ」


 それじゃあ、この帽子を持っていたあの人は……。


 俺は琴の方を見る。


「ずっと、私たちを見守ってくれていたんだよ」


 そうか……。そうだったのか。


 俺は銀河鉄道が消えていった方の空を見つめる。


 宇宙にはまだ俺たち人間が理解できない摂理がたくさんあるとウィリアミーナが言っていた。


 じゃあ、行方のわからない母さんも、どこかで俺たちのことを見ていたのかもしれないな。


 宇宙は不思議でいっぱいだ。


 そう思いながら俺は家の中に入った。


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