第23話 最後の魔法


 とうとう『星の祭典』が終わる。琴と一緒に過ごせる時間もわずかしかないというわけだ。


 リゲルさんがステージ中央まで歩いていくのを、俺は一年前のあの日と同じように見守った。


「ええ、あの日から一年。今年こそ無事に『星の祭典』を執り行えたことを本当に嬉しく思います。そして、これは昨年できなかったエンディングセレモニーも兼ねています。この一年で『星の祭典』協会は進化しました。昨年に続いて今年もゲストとなった犬飼昴介君がめでたくシェリーと結ばれたのです。人間への感謝と友好をポリシーとしている『星の祭典』協会の会長としてこれほど嬉しいことはありません。また、これによって反友好派の代表であるスラファトが、今後『星の祭典』へ一切の干渉をしないことを約束してくださいました」


 そんな約束をしていただなんて知らなかった。スラファトと戦い終えたあとに、リゲルさんとスラファトたちが話していたときに約束したのだろうか。


「それでは、昴介君とシェリーに出てきてもらいましょう」


 その言葉に俺と琴は「え? 聞いてない」と、後ろにいるネカルに表情で伝える。


 すると彼は、


「ほら、出て」


 と背中を押してくる。


 まじかよと思いつつステージに出ると、耳が張り裂けんばかりの歓声と拍手を俺たちは浴びた。懐かしい気持ちになるが、今は横に琴がいる。


「みなさん、この短冊を見てください」


 リゲルさんは俺が書いた短冊を聴衆に掲げる。


「ちょ、恥ずかしいんでやめてください」


 俺が慌てて取り上げようとするのを、琴が「いいじゃない」と抑えて来るので、諦めて大人しくした。


「ここには『必ず俺たちが幸せになれますように』と書かれていますが、彼らは幸せになれたのでしょうか」


 俺にマイクが差し出され、それに大声で叫ぶ。


「幸せです!」

「一年に一度しか会えないんですよ? それでも幸せですか?」


 続いてマイクは琴に向かい、彼女もその質問に答えた。


「もちろん、会えない期間は寂しいです。ずっと昴介といたいです。でも、昴介に会えることが許された、その事実は幸せなことです」

「みなさん聞きましたか? シェリーは今『ずっと昴介といたい』と言いました。でもそれができない。これが果たして幸せと言えましょうか?」


 俺も琴も聴衆もその言葉の意味がわからず首を傾げる。リゲルさんが何を言いたいのか全くわからなかった。


「この短冊はただの短冊ではなく、願いが必ず叶うと言われる魔法の短冊だそうです。私リゲルは魔法使いとして、この願いを叶えてあげたい!」


 聴衆から「おおーっ?」という声が上がるが、俺にはまだ理解できない。一体彼女は何をしようとしているのだ。


 リゲルさんは琴の方を向き、真剣な顔つきで話し始める。


「これはシェリーの両親から提案されて、私も両親もあなたが良ければということだから、もちろん断っても構わない。それを前提に聞いて」

「……はい」

「今まで、魔法で人間になれても期限は一年間って言ってたよね。もしも、ずっ

と人間でいられる魔法もあるって言ったらどうする?」


 それを聞いた聴衆がざわめく。そんな魔法があることを知らなかった人も多いようだ。もちろん、それは俺もだ。しかし、そんな魔法があるなら、なぜ最初から言わなかったのだろうと思うと、リゲルがそれを察したように説明を付け加えた。


「もちろん、これを最初から言わなかったのには理由がある。この魔法は他の魔法とはちょっと違うからね。ずっと人間でいるということは、星ではなくなってしまうこと。つまり、この魔法を使って人間になるということは、もうこの星の世界には帰って来ることができないということなんだ」


 会場が静まり返る。皆の視線が琴に集中する。


 そんな魔法だなんて……。俺は琴がその選択肢を選ぶ必要はないと思っていた。そうしなくても、琴には一年に一度会うことができる。だからこっちの世界を捨てる必要なんてないのだ。それが一番の幸せだとは思えない。


 琴がゆっくりと口を開く。


「その魔法をかけてほしいです」

「待って琴!」


 俺はすぐさま琴の選択を止めに入る。


「こっちの世界に戻れなくなるんだぞ! わかってるのか?」

「わかってる!」

「両親にだって会えない。それでもいいって言うのか?」


 琴は一瞬黙り込む。すると、聴衆の中から一人の大男がステージに上がってくる。その正体は琴の父親、スラファトだった。


「琴。お前が人間になろうと、俺たちは会える」

「え?」

「人間になっても一年に一度、昴介と一緒に『星の祭典』に来い。そのときに会えるだろ。だから迷うな」


 その言葉に琴は笑顔を取り戻す。


「お父さん……ありがとう」


 スラファトは胸に飛びついた琴を強く抱きしめる。


「幸せになれ」


 あまりのスラファトの変貌ぶりに、聴衆から拍手が送られた。俺も、リゲルさんも聴衆に続き手を叩く。


 琴はスラファトから離れると、リゲルさんの前に立った。

そして強く、大きな声で琴は言った。


「もう離れ離れになりたくない。私は大好きな地球で大好きな昴介と暮らしたい!」


 琴がした選択だ。彼女の父親がしたように、俺は彼女の選択を尊重したい。それが彼女にとっての幸せだ。彼女とっての幸せは俺の幸せだ。


「わかった」


 それを聞いたリゲルは「よし」と、琴の頭に手をかざす。


「本当にいいんだね」

「はい」


 琴が答えると、次第にリゲルの手が青い光に包まれ、一気に強くなる。やがて

その光は虹色に変わり、琴の体を包んだ。


 一瞬の出来事だった。


 光が収まり、リゲルが手を下ろす。


「これでシェリーは正真正銘人間だ」


 会場から一斉に拍手があがった。同時に無数の花火が打ちあがる。会場全体が俺たちを祝福してくれていた。

俺は琴の手を取る。そして歓声と拍手と花火の音に負けないくらいの強い声で言った。


「琴、大好きだ」

「私も」


 こうして俺たちは一生解けることのない最後の魔法にかかったのだ。

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