第54話ロッツの街5

「ねぇパパぁ、早くあのおっさん殺しちゃってよぉ」


「おいおい。口が悪いぞ?シリィちゃん。もっとおしとやかにね?じゃなきゃパパ悲しい」


「えーだってぇーあいつ私の奴隷盗んだのよ!偽物の死体まで送りつけてくるし」


室内はギラギラと装飾品で飾られている

悪趣味と言えば良いが、それがこのアールギィ伯爵の耳に入ったのならば翌日には首が飛んでいる事は間違いない


豪華な椅子に座る様子はまるで王のようであり、事実この領地での王は彼だ


アールギィ伯爵は葉巻を持つ手を上げると、横に立つ奴隷が手のひらを差し出す。その手のひらに、火のついた葉巻を押し付ける


じりりと肉の焼ける音がするが、奴隷は表情すら変えない

屈強な奴隷だ


「まぁ、どのみちあいつはやりすぎたからな。もうここらで退場してもらうよ、奴隷解放であれ自分の領地でやる分には好きにすればいい。だが、私の管理する奴隷街を2つ焼き払ったのは…もはや看過できん」


そう言ってニヤリと笑う


アールギィは戦の準備と私兵を動員する

全力である


それどころか、徹底的にやるという意思表示からか、最上級の冒険者数名をも雇った

これはトリギュラ対策ともいえる。かつて武功を成したという彼に油断をしていないという証明だ


「ダッソ、頼んだぞ」


「ええ、我々は冒険者でもありますが、傭兵です。ご期待ください」


そう言って戦場へと向かうのであった







「アエリア様、結構不穏な空気、ですね」


「そうだな、戦争でも始まるかのような空気だ」


「あれじゃないですか、奴隷街を2つほど焼野原にして奴隷を開放したやつ」


「それでなんでこの街が関係ある?」


「はぁ…この街ほど奴隷に優しい街はありませんからね、それに距離も近い。開放された奴隷がここになだれ込んできたのをご存じなのでは?」


「ふふ、まぁそれは仕方あるまい。そこからどうするか、それが統治者の腕の見せ所だろう?」


それは確かにそうなのだが、どうにもアエリアのやることはいちいち過激だと言わざるを得ない。ここの統治者、トリギュラ男爵もはっきり言って不運だなぁとメイフルは思った


酒場へと行くと、既にがらんとしてしまっている

外では逃げ出さんと住民が家財道具を詰め込んだ荷馬車などが渋滞を起こしていた


その中に、男が居た。主の居なくなった酒場で一人、酒盛りをしている様だった


「ほう、お主、逃げないのか?」


「ああ?こりゃ、なんつうか綺麗な嬢ちゃんだな」


「私の名はアエリアという、嬢ちゃんではないよ」


「そりゃすまんかったな。逃げないのかだったか…そうさな、この街には恩義がある、だから俺だけじゃねえ、他の奴らも逃げねえのは大勢いる」


それだけで、アエリアはピンとくる


「なるほど、元奴隷か。そして今は冒険者と言ったところかな?それでここで仲間と待ち合わせというところか」


男の眉がピクリと動く


「鋭いね。まあそんなところさ…俺たちゃどの道逃げた所で行く宛てもねえしな。ここの領主様、あの人の盾になれるんならこの命も有意義な使い道が出来るってもんよ」


アエリアはニヤリと笑う


「良いね、思い出すよ……血が滾る」


「は?」


「お前、名はなんと言う?」


「俺か?ストランテだ」


「よろしい、ストランテ。君の想いに私は心を揺さぶられた。私が力を貸そう。そしてこの街を護ろうではないか」


そう言うアエリアの目は金色に爛と輝く

その目を見てストランテはぞくりとする


なんとかなるのではないか、そんな気がする

しかし


「はっ、そいつはありがてえな……だが、逃げな……女ごとき1人増えた程度でどうにかなるとは思えねえよ」


「女ごとき、ね。ストランテ……そもそもだ、魔法が使えるこの世界で男女にそこまでの力の差は無い」


「ああ、それは分かってる。そんな意味で言ったんじゃねえよ……見るからに綺麗な肌に髪の色艶、あんたどっかのお嬢様だろ?」


「よく見ているじゃないか。それなりの洞察力は十分だな」


「それがねえと生きて行けねえからな」


「ならば、私の力を見せたら、その洞察力が節穴だったと思い知る」


そう言ってアエリアは踵を返して店を出た



「ったく、何だってんだ……」



ただの変な女、それだけの筈なのだがストランテの頭からその女が消えることはなかった




そして、3日後


5万の兵士はほぼ欠けることなく戦場に居た

それどころか、元奴隷上がりの兵士を加えると5000は増えている


それは一重にトリギュラの人徳に寄るものだ


同じ国の貴族同士の諍いとはいえ、負けた領地の人間は奴隷落ちの可能性もある

だから住人は皆、逃がしている


もしも勝つことが出来れば立場は変わるが、この戦いにはそれは望めない


はずだった


「3日あればナターシャを呼び寄せる事が出来たのはよかったな」


「全くよ。こんな戦いに私を呼ばないなんて後で分かったら許さない所よ?」



「だが気をつけろよ、どうにも出来るやつが居るようだからな…ここにはマリアが居ないのが痛いが」


「それはね。でも大丈夫でしょ…ちょうど良くお披露目できるのではなくて?」


「そうだな、今は一兵士だがこの戦いに勝てなら相手側の領地をまず頂こうか」


「それ位の役得は必要なようね」


アエリアとナターシャ、二人は良く似た白い鎧に身を包んでいた


しかしそれはあまりにも戦場では目立つ程に白い


「あんた、ホントに来たのか」


「おう、ストランテ。君は今から私と言う人間を知ることになる」


「なんだそりゃあ」


今敵方の兵士が魔法で拡散した声を張り上げている


「くそ、奴隷街を燃やしただ?言いがかりにも程がある!」


ストランテはギラりと怒りに燃えるが


「ぬ?おかしいな、やはりそれが理由か?それは申し訳ないな、後で領主には謝罪しておかねば」


「ああ?」


「いやな、奴隷街を燃やしたのは私だからな」


「え?」


先程迄の怒りが急にどこかに行ってしまうストランテ


「ち、ちょっと待てよ、そりゃあどう言う」


「まあ、後で教えてやる。目の前の敵から目を離すな、死ぬぞ」


アエリアがそう言った途端に、戦争は始まった

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