第19話(終) ダブルでサプライズ

『恋瀬先生、ここで僕から大事な話があります』

 体育館へ入った途端に、九重先生の声がマイク越しに響いてくる。

 ステージの上には、九重先生が立っていて、その視線の先にいるのは恋瀬先生。

 恋瀬先生はステージの上に上がる。

『最近、心ここにあらずでごめんね。僕は、君へのプロポーズで頭がいっぱいだったんだ』

『えっ? 私と別れるつもりだと思っていました……』

『まさか! むしろ僕のほうこそ、こんなバツイチのおじさんでいいのかなって悩んでいて』

 九重先生はそこまで言うと、恋瀬先生をまっすぐ見る。

『僕と結婚してください』

『はい』 

 途端に体育館の中にいた生徒たちが騒ぎ出す。

 鳴りやまない拍手と「おめでとうございます」のコール。

 恋瀬先生の左手の薬指には、あの指輪が光っていた。


「みんな、このプロポーズ、知ってたの?」

 私の質問に雲母さんが答える。

「恋瀬先生の指輪、偽物じゃないレアもの」

「婚約指輪だよね」

 私の言葉に雲母さんはうなずく。

「そこに気づいたことがきっかけで、文化祭実行委員の噂話を雲母さんが聞いて、このサプライズを知ったらしい」

 明智君がそう説明を付け加えた。

「先輩は九重先生が好きだから、このプロポーズをショックが大きいだろうと判断して、あんなことをしたっす」

 倉田君が申し訳なさそうに言う。

 明智君が口を開く。

「最初は奈前さんを部室に閉じ込めておこうと思ったんだ。でも、もし僕が奈前さんの立場だったら、ちゃんと見ておきたいと思い直したんだ」

 雲母さんと倉田君はうなずいた。

「現実から目をそらして、かくまえばいいと思っていたが、それは間違いだと気づいた」

 明智君の言葉に、私はにっこりとほほ笑む。

「ありがとう、みんな私のことを思ってくれたんだよね」

 私はそう言ってから、壇上で幸せそうに見つめ合う九重先生と恋瀬先生を視線を向けた。

「九重先生への気持ちは、恋愛感情もあったけど、どっちかと言うとね」

 私は明智君をまっすぐ見つめてこう言う。

「推し、って感じかな」

「推し?」

 明智君はそう聞き返してくる。

「そう。これは恋じゃない。恋だったのかもしれないけど、私はもっと」

 そこで言葉を切る。

 本当の恋愛感情を知ってしまった。

 見ているだけで幸せ、じゃなくて。

 一緒にいたい、隣にいたいと思う人ができてしまった。


『一人キャンセルが出たので、ここで急遽、告白したいという参加者を募集します!』

 司会の声が響き、明智君が「よし」と歩き出す。

 それからステージに上がった。

 マイクに向かって明智君はこう叫ぶ。

『僕は、奈前小鞠が好きだあああああ』

 突然のことに、頭が真っ白になる。

『一年前、君に命を助けられ、それからずっと君を見てきて、いつの間にか好きになっていた!』

 明智君はそれだけ言うと、満足したようにステージを降りる。


 体育館の隅にいた私のほうまで、明智君は歩いてきた。

 そして私の前で足を止めて、それから項垂れる。

「大丈夫?」

「ああ、いや、その緊張しただけだから」

 そう言って顔を上げた明智君の顔は真っ赤だった。

 彼は自分のブレザーから何かを取り出す。

 白い花のビーズの指輪。

「どうだろう? 失恋には新しい恋が効くというけれど」

 明智君は、私をまっすぐ見てこう続ける。

「僕じゃダメかな?」

「いいと思う」

「そうかダメか。って、え?」

「はい」

 私はそう言って自分の左手を出す。

 すると、明智君は指輪を左手の薬指にはめてくれた。

 彼の手は小さく震え、そして緊張の汗でしっとりしていた。

 私は左手にはまった指輪を見つめて、それから明智君を見つめる。

「私もいつのまにかね、明智君のこと好きになってた……」

 明智君は驚いて目を丸くしていた。

 それから彼は、うれしそうに笑った。


「雲母さん。一緒にお弁当食べない?」

 文化祭の次の日のお昼休み。

 私は思い切って雲母さんをお弁当に誘ってみた。

「それには交換条件がある」

 雲母さんが突然そう言った。

「え、なに?」

 雲母さんはもじもじしながら答える。

「ライソのID、教えてほしい」

「いいよっ」

 私がにっこりと笑うと、雲母さんはうれしそうに笑った。

 前髪を切った彼女は、輝くような美少女。

 私は雲母さんと一緒に中庭でお弁当を食べることにした。

 教室を出る時に、明智君とすれ違う。

「今週土曜日のデート、楽しみだな」

 明智君の言葉に「うん」と私は笑いかける。

 

 私は左手の薬指につけたビーズの指輪に触れた。

 この指輪に名前をつけることはない。

 だって、明智君の言葉だけを信じるって決めたから。

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ナイショ話は5分だけ。 花 千世子 @hanachoco

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