第18話 決意

 そのまま明智君は顔を近づけてきた。

 なにこれ……?

 唇が重なりそうになったその時。

「後で必ず奪うからな」

 明智君はそうささやいて、それから顔が一気に離れる。

 私は今度は明智君に思い切り突き飛ばされた。


 何が何だかわからないまま後ろ飛んで、柔らかいものの上にしりもちをついた。

 マットだった。

 部室になぜかマットが敷いてあり、突き飛ばされても無傷だった。

 唖然としている間に、部室のドアは閉められる。

 外でガチャガチャと何かやっている音。


「悪く思うな。これも君のためだ」と明智君。

「ごめんね!」と雲母さん。

「先輩、すみません」と倉田君。

 三人はそれぞれドアの向こうで私に謝り、どこかへ行ってしまった。

 我に返った私は、ドアを開け――られなかった。

 さっき外でガチャガチャしていたのは、鍵をつけたからだったようだ。

 押しても引いてもビクともしない。

 そして、三人は戻ってくる様子はなかった。

 部室はしんと静まりかえっている。


 ショックという気持ちと同時に、やっぱりという感情もあった。

 最近、三人とも変だった理由がようやくわかった。

 やっぱり友人でも仲間でもなかったんだ。

 そして、私が邪魔になって、もしくはおもしろがってこうして閉じ込めた。

「最低だ。あの三人まで私を裏切るだなんて……」

 そう言った途端に涙があふれた。

 明智君の顔を思い出すと胸がずきずきと痛む。

 これは恋なのかもしれない。

 ううん、きっと恋だ。

 だけど、明智君は私のことなんてなんとも思っていない。

 散々、私に気があるようなことを言っておいて。

 最後は指輪を買うのを邪魔して、突き飛ばしてくる。

 そんな男なんだ。


「明智君なんかろくでもないやつだ」

【そんなことないわ! ってゆーか、まさかこれ、いじめだと思ってる?】

 そう言ったのは、キューちゃんだった。

「いじめでしょ。どう見ても」

【んなわけないでしょ! なんか理由があるのよ! ここまでして小鞠をここに閉じ込める理由が】

「いじめ」

【だーかーらー! もっと冷静になりなさい! 今まで私は小鞠がここにいるのを見てきたわ。みんな仲良しで安心したのよ】

「そう見えた?」

【ええ。とても。みんな良い子だから、私は小鞠が新聞部に入部するのを止めるつもりはなかったの】

「でも、なんで閉じ込められなきゃいけないの?」

【今、何かイベントとかやってない?】

 時計を見ると十二時。

「そういえば、告白大会があるとかって」

【じゃあ、それね。間違いないわ】

「三人で出るの?」

【違うわよ】

 キューちゃんは人間臭くため息をついてから、こう続ける。

【小鞠には黙っておこうと思ったんだけど、この際、言うわね。マザーからの情報よ】

「え、なに?」

【ここ最近、マザーに恋愛相談をしていた女性は恋瀬先生】

「ああ、そうかな、とは思ってた」

【恋瀬先生が、最近そっけないと悩んでいたは九重先生よ】

 その言葉を聞いてショックだった。

 でも、驚きの気持ちが大きくて、傷ついたわけじゃない。

 なんだろう、この気持ち。

「じゃあ、二人はどうなるの?」

【マザーいわく、九重先生も彼女にぼやいていたらしいわ。九重先生は恋瀬先生を幸せにしたいと思っている】

「そっか」

【そして、このことをたぶん雲母ちゃんは知っているわ。いえ、違うわね、あなた以外の新聞部員は知ってしまった】

「でも、この閉じ込めと、なんの関係が?」

【あなたを傷つけたくない、三人はそう思っているんだと思うわ。大事な人の悲しい顔なんか見たくないものね】

「そういえば、みんな私が九重先生を好きなことは知ってたっけ」

 私はそこでハッとする。

 じゃあ、あの指輪は九重先生から恋瀬先生に送られた指輪。

 すごく高価そうで、何かの決意を感じた。

 そうだ、じゃあ、この告白大会は……。

 私はスクールバッグを肩にかけ、こう言う。

「キューちゃん。ありがとう」

【どういたしまして】

 私はそれから、内側からカギに名前をつけ、話をしてカギ自身に開いてもらった。

 脱出成功。

 よかった、掛金式の鍵のいらないタイプの鍵で……。

 鍵がないと開かないやつだったら、外から開けてもらうまで出られなかったな。

 体育館へ急ごう。


 廊下を歩いていると、向い側から井時目杉たち三人が歩いてくるのが見えた。

 あいつらは無視無視。

 そう思っていると、井時目杉たちに通せんぼをされる形で道をふさがれた。

「ちょっ! お前ら小学生かよ! ってゆーか今時、小学生でもこんなことしないよ?!」

 思わずそうツッコミを入れてしまった。

「うるさい。つーかさあ、さっき残念な明智が私に変なこと言ってきたんだけどっ!」

 井時目杉がそう言って私をにらみつけてくる。

「何を?」

「これ以上、奈前に関わるなって。関わってねえし。うっざ!」

 井時目杉の言葉に、私は少しうれしかった。

 明智君、そんなことを……。

「ねえ、なんかムカつくからさあ、ちょっとトイレ来てくれない?」

 井時目杉はそう言ってにっこりと笑った。

 思わず背中がぞくりとする、嫌な笑顔。

 フリーズした私の腕を、井時目杉が掴む。

 ふりほどこうとしたけれど、AとBが私の両隣を固めている。

 ああ、もう人生詰んだ。

 トイレでこいつらに暴力を受け、そして心までボロボロになった私はそのまま不登校。

 そこでふと明智君や雲母さん、倉田君の顔が浮かぶ。

 ……って、んなことさせねえ!

 私にはこの能力があるっ!


 目をカッと開いた私は、井時目杉の腕をつかんだ。

「ちょ、なにすんの?!」

 まったく反撃の様子を見せなかった私の行動に、井時目杉は戸惑っている。

 私は、こいつの腕にあるブレスレットをよく見ようとしただけなのだけど。

 ブレスレットのこのロゴマーク。

 恋瀬先生の指輪と同じものだ。

 でも、何かが違う。

「スティファニー」

 私がブレスレットに名づけると、【え、それは私の名前なの?】とブレスレットから声が聞こえる。

「ちょっと離せ! キモイ!」

 井時目杉の言葉を無視して、私はスティファニーに話しかける。

「そう。あなたはスティファニー」

【あなた、私の声が聞こえるの? でも、私、そんな名前をつけてもらう資格はないわ】

「なんで?」

【だって、私、偽物なんだもーん。あははっ。人間ってバカだよねえ】

「やっぱり偽物かあ」

 私の言葉に、井時目杉の動きがぴたりと止まる。

「え、は? 奈前、何言ってんの?」

【これ買ったの、この子の彼氏なんだけどね。彼氏のほうも私をやたら安いブランドだと思い込んでいるわ】

「彼氏からのプレゼントなんだ」

【でも。元カノのために私を買ったらしいわ。クリスマス前に別れたからそのまま私は放置されたのよ】

「じゃあ、もともとは元カノのためのブレスレットだった、と」

「え、は? そんなわけないじゃない」

 そう言った井時目杉の声が震えていた。

【しかもね、私と同じような偽物のブレスレットはあと二つあるのよ。それをカナの彼氏はすべての彼女たちに渡しているの】

「すべての彼女? 井時目杉の他にあと二人も彼女いるの?」

「は? ちょっとまて。なにそれ」

【違う違う。一人の本命がいてそれが高校生の元カノ。カナはキープの中の三人の一人らしいわよ】

「キープが三人かあ」

 私はそう言って井時目杉の顔を見た。

 彼女の顔は、私ではなく、私の両サイドにいるABに注がれている。

 見れば二人の腕にも、それぞれ同じブレスレットをしていた。

「ねえ、あんたたち、そのブレスレット、どうしたの?」

 井時目杉の言葉にAとBは言う。

「彼氏からもらった」「彼氏からのプレゼント」

 仲良くハモッたAとB。

【あの二人のブレスレットも、私と同じ偽物ね。渡したのはまあ、想像がつくでしょ】

 スティファニーはそう言うと、【人間ってバカで愚かでおもしろいわ】と笑った。

 私はスティファニーが一番怖いかも。

 そう思っていると、いつの間にか井時目杉たち三人は勝手にもめていた。

 そしてその場を立ち去ろうとした私に言う。

「あんたのせいだからね!」

「私は事実を教えてあげただけじゃない」

 私がそう言うと、AとBが捨てセリフのように叫ぶ。

「ぼっちのくせに!」


「奈前さんは、ぼっちなんかじゃないよ」

 その声に顔を前を見ると、明智君が立っていた。

「あっ。一人の彼氏を三人で共有している可哀そうな女子トリオだ」

 雲母さんが井時目杉たちを見て笑う。

 やっぱり雲母さんは知ってたんだ。

「なによっ! このチビ」

 雲母さんに向かってくる井時目杉の前にすっと現れたのは。

「なんすっか」

 倉田君だった。

 井時目杉たちは、ガタイの良い倉田君を見て顔を真っ青にする。

 それから一目散に逃げだした。


「迎えにきたの」

 雲母さんがそう言って、申し訳なさそうにうつむく。

「迎えに?」

「やはり閉じ込めるのはフェアじゃない、と思ってね」と明智君。

 閉じ込めてから言うなよ。

「ってゆーか、鍵開いたんっすか?」

「まあ、ちょっとね」

 私の言葉に、雲母さんがポツリと呟く。

「奈前さんは、特殊な能力があるから」

 もしやバレてる?!

 そんなある意味ドキドキを抱えながら、四人で仲良く体育館へ向かった。

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