第14話 存在しないサイコメトラー

 部室から少し離れた廊下で、明智君がふいに立ち止まる。

 彼は周囲に誰もいないことを確認するかのように辺りを見渡す。

 それからこう切り出した。

「実は、僕はね、」

「なに?」

「ずっと奈前さんのこと……」

 明智君がなぜかそこで言葉を切る。

 このシチュエーション、前にも経験あるなあ。

「こんなこと言ったら驚かれるのかもしれないけれど」

 明智君が勢いをつけてから、こう続ける。

「超能力者だと思っているんだ」

「は?」

 明智君が澄み切った瞳で私を見つめている。


 超能力者?

 告白ではないだろうとは思ったけれど、超能力者と言われるとは……。

 まあ、大体は合ってる。

 だけどさすがに、『そうだよ』というわけにはいかない。


「なんでそう思ったの?」

「否定をしないということは、超能力者なんだね?」

「結論出すの早いよ!」

「今回は憶測じゃない。僕は見たんだ。君が超能力をつかうところを」

「へえ。本当に見たの?」

「ああ。君が、道端の花と会話をしていた」

「花?」

 私は花とは喋れないぞ。

 生き物には名前をつけてもこの能力は発動しないんだから。


「それ以外にも、自動販売機や、小鳥や、上靴とまで話をしていた」

「ねえ、それ見てさ、私のことを変な人だと思わないの?」

「最初は『ああ、ちょっと変わってるな』くらいにしか思わなかった」

「ちょっとかなあ」

「だけど、なんだか小鳥たちと会話が成立しているような気がしてね」

「それだけで超能力者だって判断したの?」

「雲母さんは、あのずば抜けた存在感の薄さがある。それなら超能力者だっていてもおかしくないとは思っていたんだ」

 明智君は拳をぐっと握って続ける。

「君は、生き物や物に触れることで、その所有者の情報を知ることができるというサイコメトリーの能力者だと!」

 あー、そっちかー。

 なるほど、物に名前をつけて会話が可能って聞いたこともない能力よりも、サイコメトリーとかメジャーな超能力だと……。

 思うものなのか?

 やっぱ明智君って、変わってるなあ。

 どちらにしてもこれは否定をしておかないと、のちのち面倒。

 事件のたびに駆り出されても嫌だし。

 そう思って否定をしようとした時。


「でも、このことは僕の胸の中だけにしまっておくよ」

「言っても誰も信じないと思うし、そもそも私、サイコメトリーとか使えないし」

「いやいや。今さら謙遜する必要はないよ」

 明智君はそう言うと白い歯を見せて笑う。

「もし、私がサイコメトリーの能力があったら、こき使うつもりでしょ?」

「まさか!」

 明智君はそう言うと、目を丸くする。

「そんなことするわけがないだろう!」

「そうなの?」

「決まってるだろ! 君のような超能力者は便利な存在じゃない」

 明智君はそれから優しい笑顔をこちらに向け、続ける。

「奈前さんのことは、僕は仲間だと思っている。僕はこれからも今まで通り接するだけさ」

「仲間、かあ」

 中学生になって、『仲間だと思っている』なんて言われるとは思わなかったな。

 途端にほわっと胸が温かくなる。

「話してくれてありがとう!」

 明智君はそう言うと、親指をビシッと上げてみせた。

 私、何も話していないけどね。

 まあいいや。否定するのも面倒だ。

 それに明智君の言葉は、純粋にうれしい。

「さあ、事件を探しに行くぞー」

 歩き出した明智君の背中に向かって、私は小声でつぶやいた。

「ありがと」


 校舎では特に事件らしき事件はない。

 一年一組の教室も今は空っぽ。

「特に何もないなあ」

 明智君は昇降口の前で立ち止まり、小さくため息。

 それから私を見てこう言う。

「奈前さん。サイコメトリーの能力でちゃちゃっと困ってる人の声を聞いてくれ」

「さっき、こき使わないって言ったよね?」

「冗談だ。能力は君は必要な時に使ってくれ」

 明智君はそう言って笑うと、こう続ける。

「それにしても、否定しないということは、サイコメトリーの能力があるということか」

 明智君は笑いながら、階段を登っていこうとする。


 なんか腹立つな。

 よし、ここらでちょっとビビらせてあげようかな。

 私はそう思って、「まって。何か声が聞こえる」と言う。

 本当は何も聞こえないけれど。


「なに?!」

 明智君は目を輝かせてこちらに戻ってくる。

「一年一組の教室のほうから!」

「それなら一人で行ってきてくれ……」

 急に明智君がトーンダウンした。

「ちょ! なにそれ! いいよ、もう!」

 引き下がれなくなった私は、一年一組の教室に近づいた。

 ついでに、ここの物と会話をしてみよう。

 あのポルターガイスト、なんだか気になるし。

 

 ついさっきまで賑やかだった一年一組の教室は空っぽで、なんだか静かすぎて怖いくらいだ。

 私は教室に入ると、名前をつけやすそうな物を探す。

「チョークのチョーさん、いや、しっくりこないかな」

 私はそう呟いて、周囲を見回す。

 ここの教室の物は、勝手に動き出すほどだ。

 人間がつけた名前など気にいらないかもしれない。

 そう結論を下すと、手当たり次第に名前をつけていく。


「椅子のコッシン、机のツーちゃん、黒板のバン」

 思い浮かぶ名前を挙げていくものの、辺りはしんと静まりかえったまま。

 さすがにこんな行き当たりばったりの方法でうまくいくわけがないか。

 そう思って、どれか一つにしぼって名前をつけよう、と思い直した時。


【チョーさんだって! 最高の名前じゃない?】

【俺なんかコッシンだぜ? 最高にイカすぜ!】

【私はバン、かっこいい名前! うれしいなあ】

 名前をつけた物たちが、一斉に喋りだす。

「成功しちゃった……」

 私は物たちに話しかける。

「ねえ、あなたたち、授業中に勝手に動いてるでしょ」

【そうだよ。ちゃーんと物たちと時間を合わせて、大騒ぎしているよ】とチョーク。

【うんうん。楽しいよねえ】と黒板。

「それは、何か意味があるの?」

 私の言葉に、椅子が答える。

【だって人間はそういうのが好きなんだろ?】

「そういうのって?」

【物が勝手に動いて、驚く、人間はそういう刺激に弱いって聞いたんだ】

【そうよ。だから私たちは、特に動く必要もないのにここを使う生徒を喜ばせるためにやっているのよ】

「喜ばせる?」

【それ以外にやる意味なんかねーよ。俺たちは人間の流行は知らない】

【でも、流行をよく知るという物が教えてくれたんだよ】

【そうそう。だからこのクラスの生徒たちは、いつも驚いてくれるし、休み時間や放課後は他のクラスの人まで来て賑やかなのよ】

 私はそこで何も言えなくなった。


 だって、物たちは人間が喜ぶと本気で思っているのだ。

 ポルターガイストを、驚きつつも楽しんでいる、と。

 そういう生徒もいるかもしれないけれど、大抵は怖がっている。


「でも、怖がっている人も大勢いるからやめたほうがいいよ」

【怖いイコール楽しいんでしょ?】

【そうそう。人間の感情は理解できないぜ】

【人間が怖がって楽しんでくれれば、僕たちを長くつかってくれる。だからお互いのためになるんだよ】

 うーん、話がかみ合わない。

 そもそも、人間は怖がることイコール楽しいってどこ情報?

「ねえ、人間は怖がることが楽しみ、みたいな情報はどこから出たの?」

 私の質問に、物たちはいきなり黙り込んだ。

 まだ五分は経過していない。

 チョークがポツリとつぶやいた。

【『物と話せる人間がいるから、その人間に自分のことは言うな』と言われてるんだよ】

「えっ、私のことを知ってる物ってこと?!」

【よく知らないけど、あの物はとにかく物知りだ】

「その物は今、この教室にあるの?」

 言うわけがないと思いつつ、私は聞いてみる。

【さあ】

 チョークがそう言ったので、私は机に触れた。

「わかった。その首謀者を言うまで、この教室の物に名前をつけて、聞きこんでみるから」

【そんなことをしたら、誰が口を滑らすかわからねえ】

 椅子はそう言うと、絞り出すように続ける。

【今ここにはない。もともとここにあった物でもない】

「なるほどね」

【俺にはそれにしか言えねーんだ】

 それきり、椅子もチョークも黒板もしゃべらなくなった。


 なぜ、そこまで物たちが物をかばうのか。

 それは物同士だからだろう。

 物は人間を裏切ることはあっても、仲間である物を裏切ることはない。

 今まで物と会話をしてきて、それは実感しているから。

 人間とは大違いだ。

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