第13話 二つの偽物

【もちろん物は自分の意志で動くこともできるわ。普段動かないだけで】

 五時限目にキューちゃんに今日のポルターガイストのことを話すと、彼女はそう答える。

 今は自習だから、私の小声も周囲にお喋りにかき消されてしまうのはありがたい。

「じゃあ、物たちが時刻を合わせて一斉に動き出すのは可能、ってことね」

【可能だけど……。動く意味がわからないわ。だってそうでしょ? そもそも物が動く利点がないのよ】

「動く利点ないの?」

【そう。小鞠が見たポルターガイストみたいに物が同じ時刻に一斉に、人目につくように動くって、私たち物からすれば危険行為でしかないわ】

「目立つから?」

【そうよ。目立って、不気味がられる。その結果、怖がられて使われなくなったり最悪の場合は処分されたりしまうかもしれないじゃない】

「なるほど。それは可能性があるね」

【物は人に正しく使ってもらうことが、最高の人生ならぬ最高の物生なのよ。だから動くことで人間を怖がらせるメリットってほとんどないの】

 キューちゃんの言葉に私は考え込んだ。


 確かにキューちゃんの言う通りだろう。

 動いて人間を怖がらせて、捨てられたら意味がない。

「ってことは、物側は捨てられても良いって考えなのかな……」

【それとも、もっと他の何かがあるか。どっちにしても、ポルターガイストみたいな幽霊的なものではなさそうね。小鞠の話を聞く限りでは、物たちが人間を驚かせて怖がらせて遊んでいるだけのような気がするわ】

「うーん。でも、今まで一年一組どころか、この学校でポルターガイストがあったなんて聞いたことがないんだよね」

 少なくとも私が知る範囲では、この学校で幽霊騒ぎみたいなものはなかった。

 それなのに急にどうしたんだろう。


 何か探れることはないかと思い、放課後に一年一組の教室に行ってみた。

「げっ」

 私は教室を覗いて、後ずさり。

 だって、教室の中には大勢のギャラリーがいたのだ。

 一年生から三年生までさまざまな生徒が、スマホをかまえて写真や動画を撮影している。

 さすがにもう学校中の噂になっているらしい。

 これじゃあ、物に名前をつけて会話をするのは難しそうだ。


 私はすごすごと部室へ向かった。

 私が解決しちゃえば新聞部の記事になって、倉田君は無事に入部。

 正式な部になると九重先生が顧問になって、私と会話の機会が増えて……。

 そんな私の計画はなかなかうまくいかないようだ。


 部室には明智君しかいなかった。

「奈前さん。今日の三時限目は付き合ってくれてありがとう」

 明智君はそう言ってさわやかな笑顔を見せる。

「あれ、てっきり放課後に一年一組の調査に行ってるのかと」

「いやー。うん、まあ、そうするべきだったかもしれないけれど」

 明智君は奥歯に物が挟まったような言い方をしている。

「怖いからやめるってことね」

 私はそう言ってパイプ椅子に座る。

 せっかく部員獲得&正式な部になるっていうのに。

 私は九重先生が顧問になってラッキー、明智君は新聞部が堂々と活動できてラッキー。

 だから積極的に行動すると思ったんだけど。


「思いのほか、ちゃんとポルターガイストだったから」

 明智君がぽつりとつぶやく。

「まあ、確かに」

「種も仕掛けもあるのかも、と思えない。なんだか妙な感じもしたし」

「糸で釣ってるとか、そういう仕掛けがあるかもしれないよ」

「もし、そういう仕掛けがあったら僕が見抜いてる」

 明智君はそう言って一年一組の教室の方角に視線を向けて続ける。

「科学部や心霊研究部なんかもこのポルターガイストについて調べ始めたようだ」

「へえ。みんな暇なのね」

「暇というか」

 明智君は、壁にかけたカレンダーに視線を向けて続ける。

「学園祭まであと二週間しかないからな。クラスの出し物が適当だと、部活の出し物に精を入れる生徒も多いからな」

「ああ、そんなイベントあったねえ」

「うちのクラスは今年はやる気がないから、写真展示だからな」

「新聞部はなにかやらないの?」

「正式な部じゃないからなあ」

「でも、正式な部でもないのに掲示板に新聞貼ってたよね」

「あれは部員勧誘も兼ねているからな。ちなみに去年の文化祭は視聴覚室を借りて、スライドショーで『学校のイケメン&美女たちのスクープ10選』を披露したんだ」

「それ、脅されたんじゃ」

「その心配はないよ」

 明智君はにっこり笑ってこう続ける。

「誰も来なかったから」

「え」

「視聴覚室に、僕と雲母さん以外の人は0」

「ああ……」

 聞いちゃいけないやつだった。

 だから今年は何もやらないのかな。

 そこまで考えて、私はふと気づく。

「そういえば、雲母さんも明智君の勧誘で入部したんだよね」

「ああ。勧誘するのは大変だった」

「よく入部してくれたね。雲母さんに『君が必要だ』なんて言ってもスルーするでしょ」

「雲母さんにはそんなことは言っていない」

「言ってないの?」

「ああ、彼女を観察して、キラキラ光るものが好きだと判断してね。それでまあ、物で釣ったわけだ」

「目的のために手段は選ばないってことね」

 私の言葉に、「ああ、そうだな」と明智君はうなずいて、ゆっくりとこちらを見る。


「そうだ、僕は目的のためなら手段は選ばない」

「二度も言わなくていいよ」

「別に部員勧誘の時に限った話じゃない」

 明智君は私をじっと見つめてこう続ける。

「『君が必要だ』とか『君は僕のものだ』とか、奈前さん以外の人には言っていないよ」

 彼はそう言い終えると、ふいと視線を私からそらす。

「え、なにそれ」

 明智君は黙ってノートパソコンの画面を見つめる。

 その横顔が赤い気がしたけれど。

 私をからっているだけなのだろう。

 そう思うのに、なんだか妙に落ち着かない自分がいる。

 変に緊張してしまって明智君のほうを見られない。

 がらり、と部室のドアが開く。


 入ってきたのは雲母さんと倉田君だった。

 珍しく雲母さんは、慌てた様子でこう言う。

「事件!」

 その言葉に、「なにっ?!」と明智君がわざとらしいほどの反応を見せた。

 勢いよく椅子から立ち上がり、目をキラキラと輝かせている。

 雲母さんは、自慢気に明智君に何かを見せた。

 私もそれを見る。

 ぴかぴかと光るきれいなシルバーの指輪だった。


「一年一組の教室に落ちていたんっすよ」

 倉田君がそう付け加える。

「一年一組、つまり、ポルターガイストの被害に遭っている教室か」

 明智君は指輪をよくよく観察する。

「この指輪、ブランド物か?」

 指輪には私でも見たことあるハイブランドのロゴが刻まれている。

「でも、こんなデザインは見たことがない」

 雲母さんはそれだけ言うと、スマホを取り出す。

「うん。このブランドからは、このデザインの指輪は販売されていない」

 そう言い終えると、雲母さんはこう続ける。

「これは偽物かもしれない。それとも」

 彼女はそう言いかけて黙り込んだ。

「これが事件ってことか? 偽物の指輪が落ちていたことが?」

 明智君はガッカリした様子で、椅子に腰かけた。

「いや、問題は落ちていた場所っすよ」と倉田君。

「そう。教卓のすぐ近くに落ちてた」

 雲母さんは、なぜかちらっと私のほうを見てから、こう続ける。

「一年一組の担任教師は恋澄瞳先生。このブランドは女性ファンが多いから先生の物かもしれない」

「それじゃあ、先生に返せば終わりだな」

 明智君の言葉に、雲母さんは首を横に振った。

「もし、先生じゃなくて一組の女子の落とし物だったら……」

「そっか。指輪やアクセサリーの類だと先生に没収されちゃうよね」

 私がそう口を挟んだ。

「そう。かと言って落とし物箱だと盗まれる可能性もある」

「なかなか厄介だなあ」

 明智君はまるで気が抜けてしまったかのような溜息をつく。

「私は自分のメモから一年生でこの指輪を持っていそうな女子の目星をつける」

 雲母さんはそう言うと、達筆すぎるメモ帳を見て黙り込んでしまった。

「俺は今日は編みぐるみを作ろうかと」

 倉田君は席につくなり、途中までできかかっていたあみぐるみを編み始める。

 二人ともマイペースだなあ。


「それじゃあ、僕は事件になりそうネタがないか探してくるよ」

 明智君はそれだけ言うと、立ち上がって歩き出す。

 そして私を見て言う。

「ほら、奈前さんも一緒に」

「なぜ私?」

「暇そうだから」

 明智君はあっさりと言うと、私はしぶしぶ立ち上がった。

 まあ、確かに暇だけども。


 廊下に出ると、明智君は私の前を歩きながら言う。

「そんなに嫌そうにされるとショックだな」

「別に嫌ってわけじゃないけど」

「奈前さんを誘ったのは、暇そうだったというのも理由だけれど」

 明智君はくるりとこちらを向いて、それから私をまっすぐ見てこう言う。

「君が必要だから一緒に来てほしいんだ」

 なぜだか今日は私はとっさに言い返せない。


 そんなの冗談でしょ。

 必要って、助手としてでしょ。

 そういうツッコミができない。

 完全に明智君のペースに乗せられてしまっている。

 私は何も言えない代わりに、大きな大きなため息をついた。

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