第12話 ポルターガイストは一年一組限定!

「あのー」

 低い声が聞こえて、私は少し驚いた。

「あれっ。倉田君?」

 私は一番奥の方に座っていた大きな男子を見る。

 倉田君がそこにはいた。

「今、気づいたんすか?」

「ごめん、明智君にムカついてて見えてなかった……」

「そうっすか。でも、奈前先輩は何に怒ってるんっすか?」

「えっ? 何にって明智君にだよ」

「新聞部に勧誘されたことを怒ってるってことっすか?」

「えっ? あ、いや、うーん」

 そう言われると、勧誘されたことが嫌だというわけではない。

 無理やり引っ張ってこられたわけでもないし。

 むしろ九重先生が顧問になるかもしれないと思って、嬉々として入部した。

「部長のペースに乗せられたことに腹が立つんだと思う」

 そう言ったのは、雲母さん。

 ノートに何かを書いていた彼女は、ペンを動かす手を止めて顔を上げる。

「私も部長のペースに乗せられて、よく腹が立つ……」

 雲母さんの静かな怒りが、明智君の顔をひきつらせた。

 めちゃくちゃ恨みのこもった声だった。

「まあ、とにかく!」

 明智君はそう言うと、両手をぽんと軽く叩く。

 それから明智君は意味あり気な笑顔を私に向ける。

「君はもう僕のものだ」

「なにそれキモイ」

 私がそう言うと、雲母さんがポツリと一言。

「それセクハラ」

「部長、ヤバいっすねー」

 倉田君はそう言うと豪快に笑った。

 私はそこでふと気づく。

「そう言えば、幽霊部員がいるって言ってたよね?」

 明智君にそう聞いてみると「ああ。いる」とうなずいた。

「その幽霊部員を含めれば、五人で部活として認められるんじゃない?」

 私が言うと、明智君は考え込んだ。

 え、正式な部活になるのにうれしくないの?

 部活になれば九重先生が顧問になって、私は最高なんだけど。


「倉田君は、ここにきて手芸をしているだけだ」

「ビーズステッチっす」

 倉田君はビーズを編みながらそう訂正する。

「自分の部屋よりも集中しやすいんで。ここなら俺がビーズステッチをしていることも先輩たちにしかバレませんし」

「じゃあ、部員じゃないの?」

「部員でもいいっすよ」

「それなら新聞部は正式な部活だね」

 私の言葉に、明智君は渋い顔をする。

「正式な部活になるのはうれしいけれど、ネタがないんだよ……」

 明智君はパイプ椅子にどっかりと腰かけ、ため息をついた。

「そういえば、前に新聞見たけど、確かにネタ切れ感がしたというか……」

 私がもごもごと言うと、雲母さんが口をはさんだ

「最近のは、おもしろくない」

「ああ、実はな、前まで結構センセーショナルな、それこそ雲母さんが聞いてくる噂をネタにしていたんだ」

 明智君はそう言いながら、本棚からファイルを取り出す。

「これが過去の新聞だよ」

 長机に並べられた新聞は、確かに人目を引いた。


『バスケ部のエースは二股?! ちらつく三人目の影』という見出しの新聞やら、『あのバズったネタはすべてが嘘! 文芸部のAさんが証言』という見出しの新聞があった。

 この前、私が見た新聞とはえらい違いだ。


「うっわ。すごいっすね……」

 倉田君は新聞を眺めて、「怒られませんでした?」と独り言のようにつぶやく。

 明智君は「まさか、怒られないよ」と気軽に答え、こう付け足す。

「脅されはしたけどね」

 私と倉田君は同時に明智君を見る。

「この手の情報は、すべて雲母さんが聞いた噂で書かれている」

「嘘はない」と雲母さん。

「こういう新聞は、とても人目を引きやすいと同時に、関係者には恨まれるんだ」

「脅迫状きたし」

 雲母さんの言葉に明智君はうなずく。

「当時は空き教室で新聞を作っていたこともあって、新聞の見出しの関係者やその友人や知人によく絡まれた」

「で、あの改造した傘、というわけね」

 私はそう言って部室の隅を見る。

 そこには改造した折りたたみ傘が立てかけられていた。

 明智君は大きくうなずく。

「そう、これは当時、よく絡まれたから身を守るために科学部に依頼したんだ」

「もうこういう新聞は書かないんっすか?」

「身の安全が第一だし、それに」

 明智君は変なところで言葉を切り、それから勢いをつけてこう宣言。

「僕は噂話とかではなく、事件を解決し、それを新聞にしたいんだ!」

「平和だから事件なんてない」

 雲母さんの言葉に、倉田君は自分の作業に戻りながら口を開く。

「そうっすよ。俺の身近なところだって特に」

 そう言いかけて、倉田君は「あ」と何かを思い出したように続ける。

「俺、今すぐに入部するのは撤回するっす」

「えっ? なんで?!」

 一番、大きな声を出したのは私だった。

 正式な部になれば、九重先生が顧問になってくれるのに!

「このままなんとなーく入部するのどうかなってと思ってたんっすよ」

「なんとなーくでもいいんじゃない? 私もそうだし」

「奈前さんが熱心に倉田君を引き留めてくれるのはありがたいな」

 のんきな口調の明智君は無視して、私は倉田君を見る。

 彼は、針でビーズを器用に編みながら答えた。

「入部しないとは言ってないっすよ。一つ、新聞部に調べてほしい事件があるんっすよ」

「事件?」

 明智君が、倉田君にずいっと近寄る。

「一年一組で今、ポルターガイストが起きているんっすよ」

「ポルターガイスト!」

 雲母さんまで好奇心いっぱいの眼差しを倉田君に向けている。

「さあ、その事件の詳細を教えてくれっ!」

 そう言った明智君は、完全に事件モードだった。

   

「なんで私まで……」

 次の日の二時限目の授業中。

 私と明智君は二人で昇降口の下駄箱のところにいた。

 おまけに明智君は『捜査前のコーヒー(砂糖もミルクもたっぷり)は欠かせない』とのんびりと缶コーヒーをすすっている。


「奈前さんも昨日、聞いただろう? ポルターガイストは一日に一度、しかも同じ時間にしか起こらない、と」

 明智君は小声でそう言ったけれど、興奮しているのはよく伝わる。

 缶コーヒーを持つ右手もかすかに震えていた。

 昨日、倉田君は確かにこう言った。

『一年一組でしかポルターガイストは起こっていませんし、しかもいつも二時限目に起こるらしいんっすよ』

 それで私が連れ出された、というわけだ。

「雲母さんでも良かったんじゃない? ポルターガイストの件にはノリノリだったし」

「雲母さんは授業をサボるのを嫌がるんだ」

「誘ったことあるんだね。ってゆーか一人で行けばいいじゃない」

「今回のポルターガイストを取材したら、いい新聞になりそうだなあ」

 明智君があからさまに話を変えた。

 ははーん、なるほど。

 そういうことね。

 缶コーヒーを持つ手が震えているのは、興奮が理由というわけじゃなさそうだ。


「もしかして、幽霊とか怖い?」

「そっ、そんなわけないだろう!」

 静かな昇降口に明智君の声が響き渡る。

 明智君は自分の口を手でふさぎ、それからこう言い直す。

「僕は純粋に事件を追い、そして注目される新聞を作りたいだけだ」

「そんなに事件を追いたいなら、探偵部とかでも良かったのに」

「コロンダ刑事が解決した事件はいつも次の日の新聞に載るからな」

「そこまでドラマに影響されてるんだ……」

 この人、なんかちょっと大丈夫かな。

 主に頭の中。

「影響というか、リスペクトと言ってくれ」

「同じようなもんだよ」

「全然違うぞ。そもそもリスペクトは尊敬という意味だろう。だから――」

「あっ。あそこに何かいる」

 私がそう言って何もないところを指さすと、明智君が突然、挙動不審になる。

「えっ、どこ? なに? なにかいるのか?」

 ちょっとからっただけでこの調子か。

 ポルターガイストなんか見たら気絶しそうだな、この人。

「そんなことでポルターガイストを調査なんかできるの?」

「大丈夫じゃなくなったら、右手を挙げて合図をする」

「私は歯医者じゃないんだから」

 そうツッコミを入れた瞬間。

「キャアアアアア」

 少し離れた場所から悲鳴が聞こえた。

 一年一組の教室のほうからだ。

 私と明智君は急いで教室のほうへと急ぐ。


 一年一組の教室は、異様な光景が広がっていた。

 だって、椅子がふわふわと宙を舞い、机がガタガタと勝手に動き、チョークが空を飛んでいた。

 一年一組の生徒たちは、悲鳴を上げたり、動画を撮影したりと反応はさまざま。

「これ、種も仕掛けもないんだよね」

 私がポルターガイストを眺めつつ言っても、明智君の反応はない。

「写真とか撮らなくていいの?」

 そう聞いても、明智君が何も言わない。

 辺りをキョロキョロと見回すと、床の隅で驚いたように座り込んでいる明智君がいた。


「どうしたの?」

「驚きで腰が抜けてしまって……」

「ああ、なんだ。盗撮でもしてるのかと」

「失礼だな。そんなことは滅多にしない」

「たまにはするんだ……。犯罪だよ」

「冗談だ。それより奈前さんはなぜポルターガイストが平気なんだ?」

 まだ床に座り込んだままの明智君が、不思議そうな視線を私に向けてくる。

 そりゃあ普段、物と会話をしているからなあ。

 物が喋れるなら、そりゃあ動くことも可能だろうし。

 でも、そんなことは言えない。

「うーん。まあ、お化けとかあんまり怖くないから」

「そ、そうか。そりゃ頼もしい」

 何とかごまかせたみたいで、一年一組の教室に視線を戻す。

 ポルターガイストはいつの間にか収まっていた。

 結局、私と明智君は生活指導の教師に見つかることを恐れて、そそくさと退散した。

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