第15話 指輪の憂鬱

 部室に戻ると、明智君が「おかえり」とパソコンから顔を上げた。

「あれ? 雲母さんと倉田君は?」

「さ、さあ」

 明智君は急に慌てた様子で首を傾げた。

 何か隠してるっぽいけど、まあいいか。

 私はさっきの教室で聞いた物たちとの会話(能力のことは伏せて)を明智君に話した。

 彼は少しだけ考えてから、こう言った。

「じゃあ、その首謀者は指輪だろう」

「えっ。この指輪?」

 私は長机に置きっぱなしになっている指輪を見た。

「そう。物から得た情報だと、その首謀者は物知りで流行、それから君の存在も知ってる」

「うん。そうみたい」

「……ということは、だ。普段から移動の多い物なんじゃないか」

「そっか。指輪なら、指につけるから人間とあちこちに行く」

「そう。君が『普段だから物同士は会話をしている』という話から察するに、物たちとの交流もしやすい」

「指輪なんだとしたら、なぜそんな嘘を教えるんだろう……」

「さあな、それこそ指輪に聞いてみればいいんじゃないか?」

「それもそうか」

 私は納得して指輪を手に取る。

 でも、ここで話すのはちょっとな……。


「あの、人がいると気が散るのでちょっとお手洗いへ」

「いや、いいよ。僕が出る。ちょうど飲み物を買おうと思っていたところだしな」

 明智君はそう言って立ち上がる。

「奈前さんは何がいい?」

「えっ?」

「渡り廊下の手前の自動販売機に行くから、君のも買ってくるよ」

「じゃあ、ミルクティーで」

「わかった」

 明智君はそれだけ言うと、部室を出て行った。

 ごまかすのは下手なくせに、気配りはできるんだよね。

「変な人」

 私はそう呟いて少しだけ笑うと、指輪をじっと見つめる。

 問題はこの指輪が、私がつけた名前を気に入るかどうか。

 いや、違うか。

 指輪の好みの名前をつけられるかどうか。

 

【物が小鞠のつけた名前を気に入るかどうか、っていうのは、実はその時の状況とか人間への印象、その物の今の感情はあまり関係ないの】

「えっ、そうなの?」

【そう。たとえば、小鞠はおじさん好きでしょ? それはどんな時でも変わらない】

「うん、まあ」

【揺るがない好みみたいもので、そこに刺さる名前をつけることさえできれば、どんな物とでも大抵話せる】

「もし、その物が人間を恨んでいても?」

【そうよ。ただ、その物が気に入る名前をつけられるかどうか。ただ、その先、あなたと会話をしてくれるかどうかは別だけれど】

「じゃあ、物が喋らなきゃ、名前を気に入ってくれたかどうかわからないよ」

【それもそうね。でも、大抵の物はお喋りよ。しかも人間と話せるとなったら、興味本位でも話してみたくなるものなのよ。たとえ恨んでいようとも、怒りをぶつけたくなるものよ】

「なるほどー。そういうものかー」

 ……こんな会話をキューちゃんとしたことがあるのを思い出した。


 つまり、指輪がどんな状況であろうと関係ない。

 関係あるのは、私のネーミングセンスと粘り強さだけ。

 私は一人きりの部室で指輪をじっと見つめる。

 さっき雲母さんが『ブランドの偽物かも』と言っていたけれど。

 よくよく観察をしてみれば、かなり上品な指輪だ。

 ブランドのロゴマークはさり気なく、でもしっかりと指輪に刻まれている。

 ロゴマークの反対側には、三つの石が輝いていた。

 ダイヤモンドかな。

 キラキラとした輝きは、決して安物ではないだろうと私にも思える。

 この指輪の名前かあ。


「クリスタル」

 反応なし。

「キラキラ」

 反応なし。

「きらりん」

 反応なし。

 もっとこう、上品な名前がいいかなあ。

 でも上品な名前が思いつかない。

 とりあえずカタカナで反応ないし、漢字にしてみよう。

 そう思った時、ダイヤがきらりと光る。


 すると頭にこんな文字が浮かんだ。

「愛」

【なによ……】

 やった成功!

【あんたが例の、物に名前をつけて会話ができるとかいう人間ね】

 若い女性の声が指輪から聞こえてきた。

「愛、あなたが一年一組のポルターガイストの首謀者ね」

【そうよ、だからなに?】

「物たちに【人間は怖がらせたほうが喜ぶ】って嘘教えて、時間になると一斉に動くように仕向けたのね」

【そうよ。人間たちを怖がらせたかったけど、私だけじゃどうにもならないからね】

「だから他の物をだましたのね。でも、そんなことをすると物がつかわれなくなったり、最悪処分されたりしちゃうのよ」

【知ったこっちゃないわ】

「だました物のことをなんとも思わないの?」

【どうせ私も同じ道をたどるのよ】

「え?」

【私は捨てられたの!】

 それまで淡々とした口調の指輪が、急に感情をむき出しにしてきた。

【私の持ち主は、私をプレゼントされてから、落ち着かなくなったわ】

「うれしいからじゃなくて?」

【一度か二度、指にはめて、それ以来はポケットにしまったまま】

「それはなくしたくないからじゃないの?」

【それならなぜ、私を落としても見つけてくれないの? 三日もあんな暗い教卓の下にいたのよ?】

「教卓の下なら、見つけられなかったんじゃないの?」

【でも、全然、探しているそぶりがないのよ】

 指輪は叫ぶように言うと、こう続ける。

【私は、ハイブランドの中でもかなり高価な指輪よ】

「えっ」

【偽物だなんて失礼しちゃうわ。ま、でもあなたたちのような子供にはわからないのもしかたがないわね】

「じゃあ、そんな高価な指輪なら尚更、捨てたんじゃないって」

【本当にそう思う?】

「うん。そう思うけど」

 私はそう断言してからこう続ける。

「あなたも本当は自分が探してもらっているって信じたいから、愛という名前に反応したんでしょ?」

 すると、愛は突然、笑い出した。

【あなた、おもしろいわね。気に入ったわ】

 指輪は少し明るい口調でこう続ける。

【もし、私が持ち主の元に戻れて捨てられないようなら、あの教室の物たちの誤解は解くわ】

「じゃあ、捨てられたら?」

【この学校中がポルターガイストに悩まされるわ】

 なんて面倒な性格をしているんだ……。

 まあ、それだけ捨てられたことがショックだったんだろうけど。

 だけど私の勘は、この指輪は捨てられたんじゃないと言っている。


 すると、部室のドアががらりと開いた。

「部長。指輪の持ち主、見つかった」

 雲母さんと倉田君が中に入ってくる。

「やっぱり恋瀬先生だったっすよ」

 二人は私を見ると、お互いの顔を見合わせた。

 私は二人にこう聞いた。

「じゃあ、先生、指輪のこと、探してた?」

「もちろん」

「落としたことに気づかないくらいに、悩んでたみたいっすね」

「それは私が返してくる」

 雲母さんは私の手から指輪を奪うようにして、部室を出て行った。

 倉田君は、「えっ、あ、ちょっと」と慌てだす。

 そして彼は私にぺこりとお辞儀をしてから、雲母さんの後を追いかけた。


 なんなんだ。

 雲母さんも倉田君も何かおかしい。

 私、何か余計なことした?

 まあいいや。

 ともかく、ポルターガイストの件は一件落着。

 明智君、戻ってこないな。

 この話を聞いたら、即新聞にする、と言いそうなのに。

 私は自然と部室を出て、明智君を探しに校舎を歩き出していた。

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