酒と握飯

 酒席に飯が出て来ると、それは宴の終わりを意味するのが一般である。

 ご案内の通り、「〆め」という言葉が、その位置付けを如実に物語っている。

 そもそも、酒吞みには、肴を取ると腹が膨れて酒が飲めないという向きもある。したがって、肴にはほとんど箸を付けずに、酒ばかりをやるわけであるが、スタイルとしては、そちらの方が、何だか苦み走った印象で恰好が良いように思われる。


 塩を嘗めながら酒を呑むなどということも、いかにも酒吞み然としたイメージとして巷間に流布されており、そういうストイシズムの称揚を僕たちはしばしば耳目にするし、たしかに自分自身で試してみても、塩と冷酒ひやざけというのは非常に佳い取合せではある。殊に、樽の風味が程好く付いた酒を升に入れ、升の角に塩を置いてという定番の呑み方は、単にスタイルだけではなく、味の面からも素晴らしいと僕も感じている。


 ただ、僕の気取らない嗜好としては、旨いものをたらふく食べながら飲む酒が好ましい。

 食いしん坊の僕としては、ただひたすらに酒ばかりを嗜むというのは、どうにも寂しくってならない。

 若い頃はその傾向が殊に強く、普通に白い飯で食事をしながら酒を呑むので、周りの年配の人からは、奇異の目で見られた


 結婚前に、家人の実家に挨拶に行った時も、平気で茶碗の飯を食いながら酒を呑むので、舅殿には、大いに珍しがられ大笑いをされた。結婚後も、家人の実家に行くたびに白飯を喰いながら酒を呑むスタイルを、舅殿から面白がられ笑われたものだが、その舅殿も鬼籍に入られた今から思うと、ああやって笑ってもらったことが、僕に対する最大限の歓迎の意の表明だったのだろうと察せられ、実にありがたくも懐かしい。


 さて、酒の中でも殊に日本酒は、飯との相性が好い――こう言えば、読者諸賢はどのように思われるだろうか。


 例えば、冷酒ひやざけと握飯。


 酒を呑もうと人を誘っておきながら、肴は握飯だと言えば、どうだろうか。途端に怪訝な顔をされ、一向に歓迎されない気がする。

 しかるに、一度試してごらんいただきたい。これが中々に旨いのである。

 握飯の具は鮭でもよかろうし、醬油をひと回しした鰹節でもよかろう。

 具もなく、海苔すら巻かぬ塩握りでも旨い。味噌か醬油を少し塗って炙ったものなら、香ばしさも相俟って一段と良い具合である。


 日本酒が米から出来ているということもあろうが、冷酒ひやざけと飯とは、酒と肴という取合せにおいて、実に歓迎すべき間柄なのである。

 また、握飯のみならず、米を原料にした煎餅を肴に酒を呑むというのも、いささか乙なものである。

 塩煎餅でも、醬油煎餅でもいい。胡麻入りのものでもいい。ただ思うに、やわらかい煎餅よりも、むしろがりがりする程に固めに焼かれたものの方が、一層望ましいように思われる。

 その段で行けば、かき餅も勿論旨いし、僕は試したことがないが、焼き餅に醤油を付けたものも、冷酒に合いそうな気がする。その場合、餅は丸餅よりも角張った切り餅の方がよさそうに思われる。理由はないが、何となくそんな気がするのである。殊に、磯辺巻などは更に具合が好いかも知れない。


 ただ、燗を付けた酒と握飯や煎餅などとの取り合わせ、これはいかがであろうか。僕はまだ試したことがないので、確たることは言われぬが、想像してみるとどうも好対照とは言い難い気がする。

 やはり、常温の冷酒ひやざけが一番似つかわしいように思われる。




                         <了>

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