今朝、出勤のため家を出ると、駐車場の所で仔猫が跳ねていた。白と黒のころころとした姿が愛らしく、それを遠目に見ながら私は顔が自然とほころんでくるのを覚えた。

 自転車置き場に至り、鞄を前のかごに入れようとして、ふと忘れ物に気付いた。家まで戻ってくると、階段の所に先刻さっきの仔猫がうずくまり、警戒のあまり震えるような瞳で私を見つめている。何やらひどく驚かせてしまったようで、実に申しわけなく、ごめん、ごめんと口の中で呟きながら、脇をそろそろと通り抜けた。

 忘れ物を手に再び家を出ると、くだんの仔猫が階段の隅から私を見上げて頻りに鳴いている。親はいないのだろうか? 或いは飼い主は? いささか気懸かりであったが、仕事の時間の方が気になる私は、仕方なくかれを見捨てる恰好でその場を離れた。振り返ってみると、仔猫は起き上がり、私の後を付いて来ようとしている。冷酷にも私は足を早めてかれを振り切り、自転車にまたがった。

 人間とは思わぬ所で罪を重ねてしまうものらしい。せめて歌を捧げて、かれが今日一日を安穏に永らえることが出来るよう祈るばかりである。


  親や無きまりなすまろき猫の子よいたくな泣きそ腹こそ減らめ



《追記》

 右の拙文は、二十年以上前、一九九九年十月二十九日に記したものである。

 仔猫があの後どうなったのかは分からない。我ながら実に残酷な仕打ちをしてしまったようにも思われる。

 なお、件の猫がその後存えていたとしても、今となっては、もはや寿命が来ていることだろう。





                         <了>



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