第27話

映画館に入ってから皆は早く映画を見ようと騒ぎ始めた。              アンジェリンも映画は大好きだ。何を見るのかな?良い、面白いのがいいな?     すると千鶴子が映画の半券を、床に落ちて いるのを5人分拾い集めた。       「何してるの、千鶴子?」        鯉子が聞いた。             「ねー、それをどうする気?」      知央里も怪訝そうな顔で千鶴子に聞いた。 修子も変な顔をして、千鶴子を見て黙って いる。アンジェリンも驚きながら千鶴子の 手元をジッと見る。           「うふふ、これを持って入るの。トイレに 入ってから戻ったみたいにしたら、分からないから。券を買わなくても大丈夫だから。」アンジェリンは恐くなった。券を買うお金 なんてある。ましてやアメリカは日本よりも、昔は遥かに映画のチケットが安い。(今は昔よりは値上がっているが、それでも日本より安い。)              「そんなの、バレルよ?!」       「見つかったらまずいよ。」       「大丈夫、大丈夫!上手くやるから。」   千鶴子が受け合う。           「じゃあチージーがやってよ!」     「そうだよ、チージーが見せるんだよ?」 千鶴子はたまに彼女達からチージーと呼ばれていた。                 チージーは気軽に返事をした。      「オッケー、いいよ!!」        チケット売り場から上映している館内へ入る入り口は一つで、映画館のスタッフの数名が立っていた。              お客から映画の券を受け取っては半分切って残りを渡す。これを当たり前にやっていたのだが、一度入ってから出て戻るときに、軽く半券を見せても分からない。トイレに行ったり売店で何かを買ってから戻る客は普通に いる。                 しかもアメリカの場合は余りそうした事に うるさくない。正直一旦何かを見ても、中で又違う映画を上映している所へ入って黙って見られる。時間さえ合えば違う映画を初めから見られる。              下手したら同じ日に一本分を払って3本位を普通に見られる。そんな事は普通に、割と 簡単にできる。だからアメリカに住んでいれば、誰でも経験しているのでは?     千鶴子はアメリカの映画館へ行った事は  なかったみたいだが根が図々しかったし、 正直 馬鹿を装っていたが、本当は切れ者 だったのだ。              それをKBSの生徒達は知らない者が殆どだったし、この千鶴子の仲間もアンジェリンも まだそれが分かっていなかった。居達さんでも、そこまで見抜いていただろうか?   映画館のスタッフがアンジェリン達を中へ 入れようとした。チケットはあるのかと当たり前に聞きながら。           ここで握っている半券をハッキリと見せなければ、再入場するのかと思って難無く入れた。                  スタッフの中年女性はアンジェリン達が  トイレに行ってから又中へ入るのかと思ったみたいだ。               「チケットはあるわね?」、と 聞いた。 初めからチケットを見て、それから半分  切って返すという感じではなかった。だか ら皆、アンジェリンももう心配をしなかった。                  たがその時、千鶴子が意外な行動に出た! 彼女は、他人が買って見終わった映画の、 その残りの捨ててあった半券をわざと手の平に乗せて、ハッキリと従業員が見える様に したのだ。               千鶴子以外の全員が驚いて焦った。    「チージー、何やってるの?!」     知央里が大声を出した。         「馬鹿ー?!」             修子も怒鳴った。            女性スタッフがそれを見て驚きの声を上げた。                  「何よ、これ?!買ってないじゃないの?!」                そしてこれでは中に入れないと怒りだした。そして周りにいた何人かの従業員を呼んだ。皆が集まって来た。           まずい!!               その時、誰が叫んだのだろう?!恐らくは あの半端じゃない程の負けず嫌いで気の強い 知央里だ?              「逃げろ?!」             その命令長の声に全員がパーッと走り出した。散り散りバラバラに皆が逃げる。   それを見て映画館のスタッフ達が追いかけて 来る!                「待て〜?!」、「おい、どこへ行くー?」アンジェリンも必死で走った。彼女は物凄く恐かった。こんな事で捕まったら大変だ?!必死で広い映画館の中を走って、映画が上映している館内の廊下を走った。       彼女は走るのが元々早かった。走りながら 相手との距離を図る為にチラッと何度か振り返ると、千鶴子達が捕まえられていたり、 引っ張って行かれるのが見えた。     それを見て更に恐くなり、心臓がバックン バックンと音がするのを感じた。     だが彼女は自分を追いかけて来る二人の男達をかなり引き離していた。そして修子が、 自分よりも少し離れているが、自分の後に 付いて走って来るのが見えた。      修子の後から少し離れて一人の男のスタッフが追いかけて来る。           アンジェリンは急いで館内のくねくねした 丸い箇所の角を曲がると周りのドアの一つを急いで開けた。中に飛び込んでぎっしりと 埋まっている席の空いている席をキョロ  キョロと見回した。           なるたけ入り口から離れた、奥の遠い席を 探すと一目散にそこへ走った。      走って急いでその席に座る。そして入り口を恐そうに見ると、扉を開けて修子が飛び込んで来た。                まだその館内は明るい。これから何かの映画が始まるのだ。             修子もキョロキョロと必死な顔付きでアン ジェリンを探している。アンジェリンと目が合った。                急いでアンジェリンのいる席へ走ると空いていた真後ろに滑り込んだ。        そうしていると場内が暗くなった。その時に追いかけて来た男の一人が入り口の扉を開けて入って来た。キョロキョロと見回して自分達を探している。            アンジェリンは下を向いていた。修子が後からアンジェリンの肩を揺すりながら体を乗り出して話しかけた。          

「良かった〜、捕まらなくて!アンジェリンが逃げて行く方へ真似して逃げたから良かったよー!!」              アンジェリンがピシャリと凄い口調で言った。                  「触らないで?!下を見て、まだ話しかけ ない!!見つかったら連れ出されるよ?! 」               修子はその厳しい態度に驚いて、直ぐに肩を離して黙った。             暗くなって映画が始まり出した。     アンジェリンは、入り口の扉の内側に前に 立ちながら中を見回している男を、頭を少し上げて観察した。            ここに自分や修子が入ったのは分かっているので、しばらくは探し出そうとしてキョロ キョロと見回している。         だが暗くなったので余計に分からないしで、男はついに諦めて仕方無く出て行った。  それでやっと張り詰めていた気持ちが楽に なった。もう大丈夫!!映画が上映している間は誰も来ない。後は出る時に上手くやれば!!                 千鶴子達三人は捕まったんだろう。多分もうホテルへ帰ったか、追い出されてなければ この中で待っているだろう。       「修子、大丈夫?このままこれを見よう?」「うん。見よう、見よう!」        映画は最高だった。まさかこんなに面白かっただなんて!修子も大満足だったし、何度も褒めていた。              「面白かったー!あの主役、格好良かったね〜?もう本当に格好良いのー!!」   「そうだね!だけど役の名前がインディアナ ジョーンズだなんて、変な名前だねー?」                 アンジェリン達はインディージョーンズの パートワン、Raider of the Lost Ark を  偶然、逃げ込んだ劇場で見たのだ!    画面の中のインディーも大冒険だったが、 自分達もハラハラする思いをした…。   映画が終わったが、沢山の観客が出て来たので、二人は誰にも何も言われなかった。  さっき自分達を追いかけて来たスタッフ達もいないか、いてももう自分達に興味は無いのか、誰も自分達を探していなかった。   千鶴子、知央里、鯉子の三人は映画館にいてアンジェリンと修子を待っていた。彼女達は捕まったので、チケット売り場で話しながら二人を待っていた。           彼女達は、アンジェリンと修子が捕まらずに映画を見られた事を責めた。何で自分達も 戻って来なかったのかと言った。そして映画はどうだったのかと聞いた。       二人が物凄く面白かったとか楽しかったと 言うと、彼女達は映画などでそこまで面白い物がある筈がないと馬鹿にしながら言った。そして自分達は話しながら、ずっと盛り上がっていたと言った。           それで映画好きなアンジェリンが思わず言った。                  「でも本当に、面白い映画だったよ?みんなも見ていたら、絶対にそう思ったと思うよ。」                 三人は嫌な顔をして黙っていた。そのまま 聞こえない様に。            すると修子が側に来て小さな声で言った。 「アンジェリン、あんな事、気にしない方が良いよ。自分達が見られなかったから、悔しいだけなんだから。ヤキモチ焼いてるだけ なんだから。だから、面白くないなんて決め付けてるの!そんなにつまらない映画なら、あんなに混んでないし。あの男の人だって、凄い格好良かったんだし!!」      女は直ぐにヤキモチを焼く生き物だから、 アンジェリンも修子の言葉に納得した。  サンディエゴの旅にはそんなハプニングが あったが、無事に終わった。       千鶴子はそれから少ししてサンタモニカへと移り、そうすると毎週の様に物凄く汚い字で手紙が頻繁に来る様になる。       千鶴子は去っても、まだアンジェリンとの 付き合いと言うか関係が、もうしばらくは ある…。

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