第2話 虚構と真実の生徒会
「失礼します……」
小さな声で生徒会室の扉を開けると、既に中には会長が私を待ち構えていた。
「いらっしゃい。お客さん、今日は何にします?」
「え?」
急に、何? 何の話?
「昨日は教室内をサクッと見ただけだろ? 今日は何見たい? 金庫が入ってないロッカー片っ端から開ける?」
あ、そう言うことか。だから今日は何にするかって話ね。
だけど、さっ。
「もう、その話はやめて下さいよっ。思い出しただけでも恥ずかしいのに……」
「いいじゃん。俺しか知らないんだし。蟹江と俺だけしか知らないんだから恥ずかしがる必要ないって」
「会長が知ってる時点で恥ずかしいんですっ! 何で泥棒じゃないとか叫んじゃったんだろ。私」
「意外性では百点満点だったよ。で、ロッカー開ける?」
嫌にロッカーを勧めてくるな。何か見せたいものでもあったりするのかな? 金庫なんてないってのは昨日聞いたし、アニメの様な山の書類とか出てくるのかな。机の上綺麗だし。
「はぁ。では、それでお願いします」
「あいよー」
軽い返事が帰ってくると、ロッカーが軋んだ音を立てて開く。昨日は気付かなかったがよく見れば随分と年代物なのだろう。所々錆びてはいるし、傷や汚れも至る所についている。
歴代の生徒会の書類とか? はたまた、学校に伝わる伝説的な何かとか? 流石にそれはないか。
ワクワクと胸を高鳴らせながら待っていると、私の目に飛び込んできたのは。
「看板?」
なんて事ない、看板だった。
「それは体育祭で使うやつ。隣のロッカーには垂れ幕だし、もう一つ隣のロッカーには文化祭と入学式の看板が入ってる」
えっ?
「何で?」
書類は? 漫画とかだといつも忙しそうに書類捌いたりしてるよね? その書類は何処にあるの?
「何でって、看板作ったりしてるから。生徒会が」
「書類は?」
「書類? 無いよ。学園生活向上アンケートとか捌くの手伝うけど、基本的に書類なんて職員室で管理してるしここで管理なんてしないって」
「生徒会なのに?」
「生徒会なのにっ!」
何で!? アニメとかと話が違いすぎる!
「蟹江が想像してる生徒会って、メディアでよく見る書類確認したり部活の予算とか割り当てたりしてる感じだろ?」
「え、あ、はい」
「中学生にそんなこと任せる訳ないじゃん。先生の仕事だよ、それは。だから金庫もないの」
何だろう。なんて言うか、これはとても。
「げ、現実的だ」
夢が何もない。
よく選挙で学校を変えてやるとか言ってるじゃん。何も変えれなくない? 変える部分ないよね?
「現実だからな。基本、他の生徒が作れないようなもん作ったり、募金とか回ったり、なんとか週間とかだと校門前に立って挨拶したりしてる」
「委員会や美術部が合わさったみたいですね」
「どちらかと言うと、なんでも屋の大道具部? お前ら一年が今年幼稚園かよって笑った校門前のアーチも俺らがちまちま春休みに学校に来て紙を折って作ってやったんだよ」
あ、確かに笑った記憶あるや。思わず口を押さえると、会長がにっこりと笑って私の前にそびえ立つ。
私、身長百六十三センチもあるのに、会長の方が少し高いから威圧感が凄い。クラスで男女含めて一番大きいけど、流石に上級生には負けてしまうのか。
「お前、笑った一人だな?」
「ご、ごめんなさい」
笑ったけど、心の中だけだら許して欲しい。
「そこは嘘でも凄かったですぐらい言えよ。傷つくだろ? 丹精込めて貴重な春休みを消費して折ったんだから」
「あ、凄かったです」
「もっと心込めて」
え、やり直し? 何で!?
「と、とても凄かったです! 本物の花かと思いましたっ!」
「それは流石に盛りすぎだろ」
調整難しいよ!
「でも、そこまで褒めるなら俺が丹精込めて作った花を一つやろう」
そう言うと、また違うロッカーを上げて見覚えのある紙の花を手に取りながら会長が笑う。
え? それを私に?
「え、要らない……」
「蟹江、お前嘘でも嬉しそうな顔して受け取れよ。カバンに勝手に付けるぞ?」
「それは、ちょっと困るんでカバンの中に入れておきますね」
「困るとか言うなよ」
いや、だって困るし。こんな花付けてる子いないし。
「でも、勝手に取っていいんですか? 来年使うんじゃないですか?」
「使わないし、年末にゴミで捨てられるんだよ。また新しい花を新しい生徒会が作るの」
「他の生徒会の人が欲しいとか、ないんですか?」
「え、ゴミじゃん。要らなくない?」
あ、やっぱりゴミなんだ。私だって、ゴミは要らないんだけどな。
「でも、蟹江にあげたやつは一番綺麗にできた俺の力作だからな。一人でほぼほぼ作ったけど、それが一番上手くできたんだ。ま、要らなかったら俺の目につかないところで捨てろよ。見つけたら傷付くからな!」
「はぁ。では、家で捨てますね」
「おいおい、捨てる前提で話すなよ」
繊細なのか図太いのかわからない人だな。
「そう言えば、他の生徒会の人達は何でいないんですか?」
「生徒会は週に一回集まるだけで、他の日は集まらないんだよ。昨日も今日も、集まる日じゃないってだけ。サボりじゃないよ」
「毎日集まらないんですか?」
「毎日集まっても、やる事ないじゃん?」
あ、確かに。何か想像していた生徒会と大きく違うものだから色々と失念してしまう。なんかもっと、こう、頭いい人たちの集まりで、よく分からない学校を運営するような事やってるとか漠然と考えていたのに。
アニメや漫画の世界の生徒会しか知らなかったから、現実とのギャップが酷くて思わず私は唸る。
「残念だった?」
「え?」
「想像していた生徒会じゃなくて」
困ったように笑う会長を見ると、こちらの方が申し訳なくなってくる。勝手に期待して、勝手に想像して裏切れた気持ちになっていたのは私なのに。
「いえ、そんな事ないです。とても助かりました」
私は深々と会長に頭を下げる。
確かに想像とは違ったけど、私が書いているのは小説だ。虚構と真実を織り交ぜて書く事だって出来る。真実の基盤はわかったのだ。この真実の基盤の上に積み上げる虚構は、何も知らない、何の基盤もない虚構とは訳が違う。
書いてるからこそ、この違いがわかる。
だから、これが意味のない事ではないんだ。
「そう? なら良かったけど」
「良い小説が書けるように頑張ります。有難うございました」
「おう、頑張って!」
私は再度会長に向かって頭を下げると生徒会室を後にした。
会長は陽キャラで私とは真逆な人間だと思う。私達陰キャラを馬鹿にして我が物顔で踏み付けてくる。私のクラスの人たちみたいに。会長もそんな一人だと思っていたのに。
蓋を開けてみれば、あの人は私を馬鹿にすることも、踏みつけてくることもなかった。本当に小説の助けになればと、現にわざわざ生徒会のない日なのに私を招いてくれた。
愛想も何もない私なんかにもあんなにフランクだったのだ。きっと、誰にでもあれぐらいフランクで優しいのだろう。私には逆立ちしたって出来っこない。
ノリが苦手といえば苦手だけど、尊敬出来る人だった。あの人みたいなキャラクターも作品に出してみたい。勿論、生徒会長役として。
他者を無条件に応援できる程の力量は、正しく清く正しい生徒会長の姿と言ってもいいだろう。
私なんかの、下らない小説でも会長は応援してくれた。
誰かに頑張ってと応援されるのは心地いい。プレッシャーになる人もいるけど、私は誰からも期待されてこなかったし、応援されなかった。
だから最後に言われた頑張っての言葉が何よりも私をやる気にさせた。まるで、言葉の花束をもらった気分だ。
貰った花は普通にゴミだと思うけど。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「あ、蟹江じゃん。今日は音楽室に取材?」
私が音楽室でメモを取っていると、最近よく聞く声が降ってくる。
「あ、会長。こんにちは」
「こんにちはー。校内中至る所にいるね」
「それは会長も同じですよね?」
放課後、人が疎らな校内を取材していると会長とよく会う日々が続いていた。昨日は視聴覚室で会ったばかりだし。
最初は、実は本当に未だ泥棒だと疑われていて監視されているのかと思っていたし、忙しいから余り声をかけないでいようとコソコソしていたのだが、毎回向こうから声を掛けられるし、泥棒だと思われたままではないかと聞いたら笑われるしで、今では素直にこの偶然を受け入れる事にした。
「俺はいつもの先生達のパシリだよ。これ片付けとけとか」
そう言って、会長が持っている段ボールを私に見せる。随分と重そうだ。
「中身なんですか?」
「合唱コンクールで使った全クラス分の楽譜」
「何か生徒会長って言うよりも雑用って感じですね」
「蟹江、言葉気をつけて。それ普通に抉られるから。傷ついたから一人で楽譜仕舞うの出来ないわ」
「はは、私なんかで良かったら手伝いますよ」
「先輩は休んでてくださいってのは?」
「ないです。二人でやった方が早く終わりますから」
「確かに。蟹江賢いな」
「恐縮です」
「恐縮って使う人初めて見たわ」
会長に対して、生徒会室を見せてくれた恩を忘れずに、こうしてコツコツと返しているのは最早日課のようなものだろう。
こうして仕事中の会長と会えば、取材の合間にそれを手伝うのが日課になっているのだ。
「蟹江は低いところやって。俺は高いところのやるから」
「え、私背高いですよ?」
「……じゃ、年功序列で蟹江は下ね」
「あ、はい」
たまによく分からないこともあるけど。
「じゃ、サッサとやって帰ろうか。地味にこの踏み台昇降疲れるよね」
「あ」
小さな脚立に乗る会長を見て思わず声を上げる。
「え、何? 何かいた?」
「あ、いえ。目の錯覚だったみたいです」
「こんなところで!?」
「お気になさらず。作業に戻ります」
そうか。私がスカートだからか。私が脚立に乗ったら、しゃがんだ姿勢を取らなきゃ行けない下の作業をやっている人には見えてしまうかもしれない。
そんな可能性考えてもみなかった。私なら、思いつかない気遣いだ。
流石、この学園の全女子生徒にモテると言われている男である。顔がいいだけじゃ無いなんて、神は彼に何物与えているんだろ。
「そう言えばさ、小説順調?」
真剣にくだらない事を考えようとしていると、上から声が降ってくる。手が止まってるのがバレたのかと大急ぎで楽譜を掴みながら私は言葉を返す。
「あ、はい。概ね順調かと」
「そっか。蟹江はさ、何で小説書いてるの?」
ん? 私は思わず手を止めた。小説の進行とまったく噛み合わない言葉に首を傾げる。
何でって、何?
「え? 小説が、好きだからじゃないですか?」
何でと聞かれたら、きっかけは些細な事だったように思う。
元々友達が少なかった私は本の虫であった。中学に上がると一番上の兄のパソコンをお古として譲られた。それ迄ノートにしたためていた小説をパソコンで打てるようになった。Web小説を読み始めて、自分も書いてみたいと思った。それだけだ。
周りの人みたいにプロになりたい、本を出したいとは余り今は考えてもみない。身分不相応と言うか、現実はいつだって厳しいし、現に数人しかファンのいない自分の作品を誰が金を払って読むのだろうかと疑問も出てくる。
自己満足の世界だ。それでも、公募に出そうと思ったのはモモちゃんのお陰。公募に出して見えてくるものもあるんじゃない? そう言って、私の原稿の相談に乗ってくれる彼女のお陰。
今は、好き放題、好きなものを好きなだけ、好き勝手に。書き散らかしてるだけ。でも、もし今回の応募で少しでも憧れでもあるモモちゃんに近づけたらいいな。そんな下心がないわけではないのだが、根本には矢張り小説が好きだから書いていると言う理由がある。
「小説が好きだから、自分の好きな自分のための小説を書いてるんで」
あれ? この言い方だと、自分が主人公みたいな言い方になってる? 流石にこれは気持ち悪い? 妄想してるって事になるんじゃない?
あの時言われた自分を重ねて書いてるの、ヤバいねって笑われた声がまた静かに脳みそに響いてくる。会長も、きっと……。
「あ、会長、やっぱり……」
「蟹江はカッコいいな」
「……え?」
かっこいい? 私が?
「好きなことを自分のためにって言えるのがカッコいいと思うよ。中々言えなくない? 俺は言えない派」
「自分の好きなこと、なのにですか?」
「そー。好きなことなのに。恥ずかしくなったりさ、ない?」
「私にも、ありますよ。小説書いてるって言うと、馬鹿にされますし……」
それで笑われて、馬鹿にされて。恥ずかしいを通り越して、悲しかった。
「それなら、もっとかっこいいと思う。馬鹿にされても好きなことし続けるの、すごいと思うよ。俺はそうなる前に俺は逃げ出すタイプ」
「会長のことを馬鹿にする人なんていないんじゃないですか? その、人気とかあるじゃないですか」
「そこは人徳って言ってくれよ」
「あ、人徳あると思います。これは、いつもと違って本当にっ」
「はは、ありがとうな。でも、いつもどう思ってるわけ? お前は」
「ははは」
「笑って済ますなよっ」
でも、意外だな。何でも涼しい顔で完璧にこなす人だと思っていたのに。女子生徒から人気で、男子生徒からも信頼が厚い。まるで小説の中の登場人物がそのまま飛び出てきたような人のに。
一体、会長の恥ずかしいことって何なんだろうか。
私だったら……。
会長が私にしてくれたように、どんな事でも会長が好きなことを応援したいけどな。
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