第30話 何でも省略するのは良くない

あれから4日経ち、県大会予選まであとわずかとなる頃、今回の試合のレギャラーメンバーが決まった。


「1500では大橋くんと池面くんの二人の他に山本くんにしようと思う。持久力面では三人ともかなりのレベルだし、油断しなければ十分県大会に行ける。それと重要なリレーメンバーなんだけど、僕と高橋くん、生本くん――――――大橋くんの四人で行こうと思う」


青春先輩の言葉が今も俺の頭から離れない。



リレーメンバーに選ばれた。そのことは非常に嬉しいことだ。しかし、短距離に重きを置く先輩たちや同じ学年からではなく、なぜ俺なのか?そのことがやはり気がかりだった。だからといって直接、青春先輩に聞くわけにもいかず、俺は練習に打ち込み続けた。


「良太、お疲れ様」

「·········あ、ああ。ありがとな、加藤」


加藤は俺を不審な目で見てきた。頭から離れない悩みのタネのせいで反応が遅れてしまったのだ。


「どうかしたの、良太?」

「いや、特にないよ。気にしなくていい」


大会だって近づいている。関係のないことに悩んで練習に力が入らないのは本末転倒だろう。一つのことに集中しなければいい結果は残せない。まずは練習だ。意気込みすぎて体を壊すのは論外だが、ある程度の無理はしないといけない。


「タイム測ってもらえるか?」

「了解よ」


俺は加藤の合図に合わせて走り出した。走り出すと煩悩は消え去っていた。



練習が終わり、帰り支度をしていると、隣に青春先輩が立っていた。


「どうかしたんですか?」

「いや、大橋くんからされると思っていたんだけどなかったからつい、ね」


質問、か。やはり青春先輩はなにか狙いがあって俺をリレーメンバーに入れたわけだ。


「練習始まる前で他のことに現を抜かしている場合でもなかったので聞かなかっただけで気がかりではありましたよ。なんで俺なんだろうって。俺より速い人なら部の中にいくらでもいるのに」

「···········僕は本気のメンバーと本気のリレーをやりたいんだ。それはつまりマジのメンバーとマジのリレーを、“マジリ”をしたいってことだ」


真顔で言ってるけど何言ってんのかな?この人。文法が間違ってる。それはつまりとその前の内容が意味不明だ。


「マジリをするためには真剣に練習に打ち込んでいる人でないとダメだ。僕はしってるよ、大橋くんが残って自主練をしてるのは。だから、選んだんだ。勝ち負けも大事だけど―――――」


青春先輩は胸をトンと叩いて、


「それ以上に僕は自分の本音を大事にしたい。それもこれも“マジリ”のためだ」


リレーって言えよ、リレーって。マジリ気に入りすぎだろこの人。いいセリフを言ってるのに最後で台無しだよ。


「ただそれはあくまで僕の事情だ。大橋くんにも1500がある。リレーの練習が入ってくるとオーバーワークになりうる。でも、もしよかったら協力してくれないか?」


青春先輩も加藤も面倒な性格をしている。こんなことを言われて断れるわけがない。面倒な性格というより性格が悪いというほうが正解かもしれない。


「協力しますよ、そこまで言われたら。無理ない範囲で、となりますけど」

「それもそうだ。県予選、“ケンヨ”までそこまでない」


なんでこの人は何でも省略すんだろうか。最近の人は省略語を好むと聞くけどこんな極端な感じではないだろう。


「でも、ありがとう。これで僕史上最強のメンバーがそろったよ。ケンヨ優勝も夢じゃないかもしれない!」


青春先輩のこの姿を見ているとリレーに対して強い思いがあると感じる。俺がこれまで出たリレーは小中での全員リレーくらいだ。だから、青春先輩のようにリレーに対してなにか強い思いを抱けるようなものはない。ただ、せっかく青春先輩が俺を選んでくれたのだ。その期待にかなうように頑張るのみだ。


俺は青春先輩と別れてからリレーのイメージトレーニングをしていく。リレーの走る走順はまだ未定らしいが、俺は真ん中辺りだと睨んでいる。他のメンバーより俺は遅いからだ。最初と最後はおそらく俺以外のメンバーになることは間違いない。


俺は帰路につきながら胸をワクワクさせるのだった。
















でも、俺は青春先輩の期待に答えることはかなわない。それを知るのは次の日のことだ。今の俺には知るよしもない。






《解説》

『マ』『ジ』のメンバーとマジの『リ』レー

省略語マジリ

県予選:『け』『ん』『よ』せん

省略語ケンヨ

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