第29話 地獄の先には天国が存在する

外はすっかり暗くなっていた。部活終了の時刻から延長する形で俺は練習をしていたのだから当然といえば当然のことだ。完全下校時刻間近まで学校にいたのは初めての気がする。


「練習に付き合ってくれてありがとな、加藤」

「別にいいわよ、礼なんて」

「とりあえず、駅まで送っていくよ」

「えっ!?」

「さすがに暗いからな、何かあってからじゃ遅いだろ?」

「そ、それもそうね。··········良太がいつもより優男だわ」

「なんか言ったか?」

「なんでもないわ」


俺は加藤と駅までの道のりを歩く。練習での疲れはまだ抜けきっていないものの、こうして誰かと一緒に帰宅するのは久々だ。いつもは一人だし。


学校の明かりはほぼ消されており、暗闇に包まれている。影に覆われた学校の様子というのはいつもの風景とは違って見えた。ホラー映画として利用される理由もなんとなくわかる気がする。この暗さは確かにホラー感がある。こう、なにかに呪われているような、そんな感覚が。


「··········」

「··········」


お互い無言のまま駅にやがて到着した。電車はまだ普通に動いているため、駅周辺は人だかりができている。学生の姿もまだ見える。この時間はまだ帰宅するには早い時間なのだろうか。コンビニあたりでたむろってわははっと笑っている。


「それじゃ、気をつけて帰れよ」

「良太」


俺は片手を上げて家へと来た道を戻ろうとしたところ、加藤に袖を掴まれた。


「どうした?」

「明日も練習するのよね?」

「そのつもりだけど、加藤は無理しないようにな。ここまで遅くなると親御さんも心配するだろうし」

「良太はどうなの?」

「―――――はっ?」

「良太のお父さんとお母さんは心配してないの?」

「··············」


加藤が何を聞きたいのか、それはわからない。だが、その踏み込んだその問は俺にとって答えにくいものだった。


俺は心配をされたことは一度もないし、これまで連絡すら取り合っていない。そんな状況でどうやってその質問に答えるべきなのだろうか。『心配されてない』そう答えるべきか。


加藤は少なからず俺の事情を把握している。だから、俺が一人暮らしをしているということも納得しているはずだ。だとしたら、なぜ、加藤はこんなことを聞いてきたのだろうか。答えは聞かずとも知っているはずなのに。


「··········ごめんなさい、変なこと聞いて。忘れて」


消えてしまいそうなほどにか細い声で言うと足早に加藤は駅へと向かっていった。俺はそんな加藤の背中を眺めているだけだった。


俺はそのまましばしぼーっとしていた。何も考えずにただぼーっと立っていた。周りはそんな俺をみることなく、そそくさと駅へと向かう。


俺ははぁと息を吐き出すと家へと帰る。



俺には変えることのできないことがある。それは俺の立ち位置だ。


家族内では俺は一番下で、俺から何かを言うことを許されない。この学校に来たのだってじいちゃんの薦めがなければきっと言われたとおりにしていたであろう。


自分らしく生きる。それがどれほど難しいことであるのか、俺はもう知っている。だから、それを周りに押し付けるようなマネは絶対しないし、させない。難しいすぎることをやるには勇気が必要だし、失敗したときの言い訳も用意しなければならない。言い訳が難しいからでは弱すぎる。もっとまともな誰もがそれならしゃあないと、そう思えるような強い言い訳が必要だ。


だから、俺はとうの昔に決めた。自分の立ち位置を変えることをやめ、逃げることを。


ただひたすら逃げ続け、いつの日か立ち位置を変えるという方法ではなく、別のアプローチを持ってして現状打破をする手立てを手に入れることを。

自分を変えるのではなく、今の自分を受け入れた上でどうするのかを考えることを。


加藤の問には現状答えることはできない。その手立てがないから。でも、明日は?明後日は?何か新たな方法を見つけ出し、解決させるかもしれない。


その道のりの先には今の地獄から抜け出せる天国があることを願って俺は走り出した。

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