第28話 焦っても自分のペースは乱すな

県大会に向けた練習がスタートしてから早くも3日が経過した。


俺は膝に手を付き、荒れた息を整えていた。


「良太、タオルと飲み物よ」

「はぁはぁ·····ありがとな」


俺は加藤からタオルと飲み物を受け取ると座り込んだ。今、陸上部は体育館にて練習をしている。ウォーミングアップとして軽く体育館内を3周ほどしてから、各々の出場種目の練習をしている。俺は長距離走へ出場する予定であるので持久力のトレーニングをしている。俺と同じく池も長距離走に出場する予定であるため、練習内容もほぼ同じだ。池は俺から少し離れた場所でマネージャーからタオルと飲み物を受け取っている。どことなく、マネージャーの顔が赤らんでいるように見えるが、俺は無視した。俺は池と違ってモテないもんでね。この差が生まれてしまうのも仕方がないものよ。ああ、俺の春はいつ来るのかなぁ〜。


「加藤、池のとこに行かなくていいのか?俺のところばかりにいたら池に近づけないぞ」

「······私に不満でもあるのかしら?」

「·····いや、ないけど。俺より池のほうがイケメンだから、女子側からしたら池の方のマネージャーをしたいんじゃないのか?」

「興味ないわ。私にとっては関わりがなくてもなんら問題ないもの」

「それならいいけどな·····ただ、後悔しないようにしろよ。池!練習に戻るぞ!」


俺はタオルと飲み物を加藤に渡すと俺は練習に戻った。



俺は体育館の床に這いつくばっていた。一日の練習が終わるごとに毎回こうなっている気がする。練習がきついと感じるときほど俺は手を抜かずにやっている。きついと感じるのは自分が頑張っているからであり、ここで手を抜いてしまっていては自分の頑張りが無駄になってしまう。


「りょ、良太。だ、大丈夫?」

「か、加藤······か。大丈夫だ。いつもと変わらないよ」

「あまり無理しないでね」

「·······」


キャラ変わってないか?そう俺は思ったが、本気で心配していることが感じられたため、俺は加藤の変わり具合については触れなかった。俺は汗をすばやく拭くと体を床から起こした。


「県大会まであと1週間ちょっとだし、そろそろ自主練的なのをしようと思うから、加藤は先に帰ってくれていいよ」

「えっ?まだやるの?すごい疲れているのにどうして?」

「······それは決まってるだろ。――――――“負けたくない相手”がいるからだ」


俺は池を見ながらそう言った。長距離の練習をしていて池が練習内で自己記録を更新しているのを俺は知っている。俺はそれとは対称的にタイムは縮まるどころか落ちてしまっている。これでは本番、池に負けるかもしれない。

焦っているという自覚はある。だが、この焦りは俺にとっては日常茶飯事だ。昔からこの焦りと戦ってきた。周りからかなりの遅れが常にあった俺にとってはこの焦りは相手にはなりえない。自分に負けるなんてことは俺にとってはありえない。


じいちゃんいわく『焦る気持ちは常に持て。だが、焦って自分のペースを乱すな』


危機感を常に持ちつつ、焦る気持ちを持ちつつ。だけど、自分のペースだけはいつも同じでいろ。

俺はじいちゃんにそう言われた。


「休憩をはさみながら練習をもうちょいしてから帰る。今日からそうしようと思ってるんだ」


池に負けないために。


「そ、そう。なら、私も付き合うわ」

「いや、帰って大丈夫だから。帰りの電車が遅くなるぞ」

「大丈夫よ·········それとも、私は邪魔かしら」

「いや、邪魔なわけないだろ·······もう少し加藤は自信を持とうぜ。俺は加藤がマネージャーをしてくれて助かってるんだからさ」

「そ、そうなの?ほんと?ほんとなのよね?ウソついていたら張り倒すわよ」

「ウソついてないから、張り倒さないでね?これはフリじゃないからな?頼むぞ·······それと、念のため加藤、親に連絡しとけよ」

「そ、それもそうね」


加藤はいそいそとスマホを取り出し、連絡をしだした。これは完全に連絡するという行為そのものを忘れていたな。 俺と違って加藤の親は心配するだろうから、遅くなるとわかっているなら早めに連絡を送ったほうがいい。

加藤はスマホをしまうと俺に近づいてきた。


「大丈夫そうだったか?」

「ええ。最寄り駅に迎えに来てくれるみたいだから、そのとき連絡するようにと返事があったわ。練習はどれくらいに終わるのかしら?終電までは大丈夫よ」

「終電って······さすがにそれまではやらないよ。次の日に支障出るし」


やっぱ、加藤は少し抜けているな。俺はそう思うと同時にありがたさを覚えた。池は練習が終わると同時に帰っていったし、残って練習をしているのは青春先輩とマネージャー数人、バーサーカーくんくらいだ。


「とりあえず、やるか!加藤、ストップウォッチ頼んだ!」

「ええっ、任されたわ」


加藤が協力してくれるのだ。必死にやらないとな!


俺は加藤の合図とともに走り出した。

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