第4話 異界よりの使者

 兄が騎士団を辞めたことを知ったのは、少しまえのことでした。

 わたしたち兄妹には親はいません。まだわたしが赤ん坊のころに魔族の進軍に巻き込まれて亡くなったそうです。

 乳飲み子だったわたしを抱えた兄は、近くの教会に身を寄せました。それがいまわたしがお仕えしている司祭さまのところです。

 ほかに身寄りのなかったわたしたちは、兄が国軍の兵士として招集されるまでそこで一緒に育ちました。

 あれから十数年。

 なんの音沙汰もなかった兄から、手紙が届きました。


 ただ一行、騎士を辞めたと――。


 風の噂で……というよりも兄の配信している動画を観たご近所さんから、週末のお祈りの日に話を伺いました。

 どうやら次はどこそこのダンジョンへ行くらしいと次回予告までしていたので、わたしは一大決心をして司祭さまから旅に出るお許しをいただいたのです。


 久しぶりに会った兄でしたが、わたしのことをすぐに妹だと分かってくれました。

 そればかりかダンジョン探索への同行を喜んで快諾してくれたのですが――まさかこういう使われ方をするとは。あとで出演料の交渉はちゃんとしようと思います。


「うーん。そうだな」


 兄はほどよく火の入ったホットサンドメーカーを軽々とひっくり返しました。たしか戦斧の如き重量とか言ってませんでしたっけ。さすがは元・筆頭騎士団長です。

 また彼は一つ目コウモリに向かって、録音している音量を下げるように指示を出しました。


「剣を振るのがたまたまひとより上手かっただけで、もともとそんなに魔王討伐に固執していたわけじゃないんだ」


「えっ」


「もちろん、父さんや母さんの仇を討ちたいって気持ちもあったけど――もう随分時間も経ったから。そろそろいいかなって」


「いいかなって――魔王を倒すことが?」


「うん」


 そんな――。

 まさか兄に限って、こんなことを言うなんて。


「一番の理由はもう『俺』が戦わなくてもよくなったことかな」


「それは、どういう意味?」


「異界からの冒険者たちのことさ」


「あ――」


 ここ数年、実は人界と魔族とのパワーバランスは逆転傾向にあるのです。

 もちろん一つ目コウモリなど、人類に有益なモンスターを使役するなどの戦略的な研究が進んだということもあるのですが、その最たる要因のひとつに異界よりの冒険者たちの活躍というのが挙げられます。


 彼らは我々とはまったく異なる文明をこちらの世界へと持ち込み、その優れた性能を惜しげもなく開陳し、魔王討伐へと協力してくれました。

 また音楽や料理を始めとした新しい文化も、わたしたちを魅了したのです。

 兄がこよなく愛するホットサンドメーカーや動画配信なども、そのほんの一例に過ぎません。


 口の悪い賢人などから言わせると『文明汚染』なのだそうですが、魔王軍攻略のその日が来るまで、本当にあと少しなのです。

 だからわたしはその――兄が言わんとすることもよく分かりました。

 わたしだって兄が戦わずに済むのであれば、それに越したことはないのですから。

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