第3話 聞いてみた

 まさか一つ目コウモリの情報伝達能力が、娯楽のためだけに使役されるとは。

 軍事利用を目的としてモンスターを飼育していたこちらの世界の住人にとって、それは物凄いエポックメイキングな出来事でした。

 まだ直接会ったことはありませんけど、異界人というのは不思議なことを思いつくものです。


「兄さん。そのホットサンドメーカーって――」


「ん。これかい?」


 わたしは乱れた法衣を整えて、兄と一つ目コウモリのもとへと近づきました。

 そこにはすでに火が焚かれており、暖を取ることもさることながら、いつでも煮炊きが出来るようになっています。

 兄はわたしの質問に、屈託のない表情を浮かべ、腰に提げた大振りのホットサンドメーカーを見せつけてきました。


「これは君のお師匠でもある、司祭さまの祝福を受けた『神鉄』で鍛えた一品ものさ。ホットサンドを作るのはもちろんのこと、これ一台で煮る、焼く、揚げる、蒸す、と様々な調理法が出来るんだ」


「う、うん」


「それに攻撃力も優れていて、突かば槍、払えば薙刀、持たば太刀の使い勝手の良さに加えて、戦斧の如き重みによって並みのモンスターなら一撃のもとに倒すことが出来る」


「そ、そうなんだぁ」


 兄の飛び切りの笑顔に水を差すことは出来ないけれど。

 そこまでの万能さを期待されるのは、ホットサンドメーカーもちょっと迷惑だと思うの。


「さあ。ここからが本番だ。さっそくさっきの触手を焼いて食おう」


 そうなのです。

 先ほどのモンスターとの鬼気迫る戦闘や、わたしが断腸の思いで乙女のあられもない姿を提供したにも関わらず、兄の動画チャンネルがメインに配信しているのは、ダンジョンで倒したモンスターをおつまみにして晩酌をする動画なのです。


 兄はいつの間にかさっきの戦闘で斬り落としていた触手の一片を手にしており、酒を振りかけて大雑把に消毒すると、謎のスパイスを振りかけ、すでに火にかけて温めておいたホットサンドメーカーで挟みました。


 直後に香ってくるのは、あらかじめホットサンドメーカーの鍋肌に塗り込んでおいたヤギのバターです。

 焦げ付き防止の意味合いもありますが、それ以上に食欲を掻き立てます。


 しばらくして酒に蒸されたいい匂いがしてきました。

 バターとはまた違って、美味しそうなこと。

 おそらくこれがさっきの巨大な触手の焼けた匂いなのでしょう。

 なんだかイカ焼きみたいです。

 子供の頃に食べた、教会のお祭りのときに出る屋台のアレそっくりです。


 しっかりと火が入るにはもうちょっと時間が必要なようです。

 兄はその間にも、お湯を張った手鍋でぶどう酒を燗しております。

 とても楽しそう。


 パチパチと乾いた音が焚き火から聞こえます。

 暗くて湿っぽいダンジョンの中。決して快適とは言えない環境下において、頼りなげに焚かれた真っ赤な火がこんなにも心を落ち着かせるものだなんて。

 自分で言うのも何ですが、なにかと箱入りなわたしには新鮮な体験に思えました。


 一つ目コウモリも、しっかりと自分の仕事をこなしております。

 兄の淹れてくれたハーブのお茶も、初の洞窟探検でこわばっていたわたしの心を解きほぐすのに一役買ってくれました。

 だから――。

 彼に一番聞きたかったことを尋ねたのです。

 

「ねえ、兄さん」


「うん?」


「どうして――騎士やめちゃったの」

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