船の人

「渡し守は、いつ来るの」


「時が満ちたら」


「それはいつ」


「さあ。船に乗るべきものが満たされ、そして船ができたら」


「それじゃ、あなたのなのではないの」


 仮面の人はそこで初めて、短い声を上げて笑った。


「そうかもしれないな。確かに、そうかもしれない。でも僕は何の計画もしていないんだよ」


 わたしは思う。

 何の計画もない未来は白紙のよう。

 この黒い暗い森を抜けた、少しだけ明るい谷の底にそんなものが留まっているなんて、思いもしなかった。

 わたしも、ゆく先を考えてみたらどうなのだろうか?

 明日、今日と違うことが起きるなんて考えてみたこともなかった。

 だけどわたしは少しずつ、することを変えていたのではなかったか。

 喰べて拾うことを減らし、この谷を見る時間や、眠りにつくまでの時間を増やしたのではなかったか。 

 そして初めて自分以外の誰かとことばを交わしている。

 この人は、先のことが分からないがいつか何かが起きることを知っている。

 わたしは、たちにさえ会いたいとか、話したいとか思ったことはついぞないのに、この人はちがう。


 わたしは、この人の語る『先』を見たいと思う。

 わたしは、知りたいと思う。

 わたしは問う。


「あなたは誰」


「僕か。僕は――名前が分からなくなったんだ。だが僕は、『船匠』だよ。船を作っている」


 船の人。

 わたしは、その背後の船をとても美しいと思う。



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