いつ

 船の人――『船匠』は、毎日船を作り続けた。

 玉骨石の塔を砕き、大きさを選び、船の中に運んでいく。

 船の外側はもうできあがっていて、船の人は石を持って梯子を登り、中に入っては戻ってきた。

 その梯子すら同じ石で作られているのを知ったころ、わたしはたずねた。


「わたしも船の中に行っていい?」


 しかしそれは断られた。


「船が飛び立つときを迎えて魂が入るまで、船匠以外は誰も入ってはいけないんだよ」


 そうして、わたしは知る。

 船に入りたいわけではなかったと。

 わたしはただ、この船の人について歩きたいだけなのだと。


 船の人は、あまりたくさん喋らない。

 でも、ぽつりぽつりとわたしがものをたずねると、ぽつりぽつりと答えてくれる。


「この船が往くべき所とは、どこ?」


「ここよりとても高いところ。最後に往くべきところだ」


「『渡し守』はまだこないの?」


「まだ船に乗り込むべき時ではないから、来ない」


「来ると、どうなるの?」


「船に翼ができるんだ。飛べるようになる」


「今はどこにいて、何をしているの?」


「時を待っている。船に乗せるべきものたちを集めながら」


「あなたは船に乗るの?」


「いつかはね。でも、この船ではない」


「船ができたことを、渡し守はどうやって知るの? ここには、以外、他に誰も来ないのに」


「ああ、ちがうんだよ、死鬼。船ができたから渡し守が来るんじゃない。渡し守が乗り込むから、船が完成するんだ。だから、来るまで僕は作り続ける」


「よくわからない」


 わたしが言うと、船の人は穏やかに笑う。


「そうだな。僕にもよくわからないんだよ」


 そしてまた、砕いた玉骨石を運んでいく。


 わたしはなんだか身体が気だるく、重くなったなあと思いながら、船の人を見送り、また出てくるのをそこで待つ。


 渡し守はどこにいるのだろうか。

 多分、とわたしは考える。

 それは、この森にいるたちのどれかなのではないか。


 この谷にあるむくろは、わたしが投げ入れたものばかりではないはずだ。

 わたしは、こんなにたくさん投げ入れたか?

 そこから育つ玉骨石が林のようにそびえ立ち、石からこんなに巨大な船ができるほど?

 わたしは一日にどれほど喰べて、投げ入れた?

 これだけ貯めるのに、一体何十年かかる?


 そこでわたしは気がつく。

 わたしは、この森にどれほどいたのかまったく分からないのだと。

 いつから歩いて喰べて投げ入れ続けてきたか、まったく記憶がないのだと。

 わたしは。


 わたしは何?


 やがて、船から出てきた船匠の声がする。


「死鬼。どうして泣く?」


「だって、」


 だってわたし、こわいのだもの。


 わたしが何なのか。

 これからどうなるのか。

 船ができたら、あなたはいなくなるの?




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