第23話 鳴り揺れて



 拍打するなら、なるべく高らかに響かせた方がいい。

 遠く鳴り響く方がよく伝わる。近いものには。


 蒲垂包の種無し袋。弾けば形のないあやふやなものを大きく揺らす波を起こす。

 小さな虫などには影響が少ない。蜂を拳で叩いてもあまり力が伝わらないように、あまり痛痒にならない。

 肉ある獣はびっくりする。失神したりすることもある。

 力のない幽霊ならたちまち消し飛ぶほど。


 邪妖のように肉体に染みついていると、効果はあるけれどそれだけで消し去るほどの威力ではない。

 体の中にも響くように穴を開けておけば、相応に効果が見込める。

 最悪でも動きを止める程度には。



「うぎょぇぇぇっ!?」


 汚い声を上げながら後ろに吹っ飛ぶ凶う身の男。

 体中の筋が痙攣したような珍妙な姿勢でぶっ飛び、ぐるぐる回っていた猪狸に背中からぶつかった。


「い、ぎゃああぁぐそっぐぞぉぉぉ!」


 猪狸はもう倒れて動かない。フラァマが押さえつけていた黒跳鼠も力を失った。

 けれど。


「あの下郎、まだ……」


 叫び声をあげる凶う身はまだ息がある。

 ルーシャが痛む体を無理やり起こして、凶う身が落とした短槍を拾おうとするけれど。


「まだですよ、ルーシャ」

「フラァマ?」


 蒲垂包を叩いた手を握った。

 いかないで、と。


「伏せて、耐えて下さい」

「?」



 身を小さくして、腹に力を込めて。

 わからないなりにフラァマの言葉に従おうと、フラァマに被さるようにルーシャが身を寄せた。


 視界が塞がる前に、木々の向こうで大樹より高く虚亀が跳ね上がるのが見えた。


 近くに転がっていた虚亀。

 その腹に、切れない蔦の魔法を絡ませた。

 起きてもらう為に、フラァマの血を口に垂らした。

 どちらも魔里参の絞り汁を混ぜながら。



 魔女の血を飲んだ虚亀。

 飛び起きると、信じられない速さで駆けていった。

 地面から伸びる蔦を引っ張り、引っかかったところでぐるりと回って。


 魔里参の絞り汁が染み込んだ魔法の蔦。

 ちょうどフラァマ達と凶う身を囲うように張り巡らされたそれに、蒲垂包の衝撃がぶつかって、けれど切れなくて。



「跳ね返りが来ます」

「っ!?」


 フラァマとルーシャの合わせ魔法。

 蒲垂包の衝撃が、まるで弓の弦から弾かれるように返ってきた。




「くぅぅっ」

「ふ、らぁま……っ」


 いつか双鼻竜から庇った時と逆に、ルーシャがフラァマを庇うみたいに。

 二人で身を寄せて耐える。


 魔法の蔦は円を作っていたわけではない。

 増幅された跳ね返りが抜けると、次は静けさが広がった。



「つ、う……」


 静けさというのも少し違う。

 肉体的なダメージではないのだけれど、耳鳴りと頭痛が残る。

 くわんくわんとする頭にしかめっ面になりながら、ふらふらと立ち上がった。

 ルーシャも同じように。



「すごい……魔法、でしたわ。ね」

「……ルーシャのおかげ、です」


 腕が痛い。

 それ以上に、顔を合わせづらい。

 ひどい言葉を浴びせたフラァマを助けてくれたルーシャに、なんて言えばいいのかわからない。お師様はこんな時のことを教えてくれなかった。


「こふっ……た、ぁ」

「大丈夫ですか?」


 話すきっかけ。

 凶う身に蹴り飛ばされたルーシャ。いくら武芸に秀でていても人の身だ。すぐに回復するものではない。

 蒲垂包の重ねとは別のダメージで足元がふらつくルーシャに、労りの言葉をかける。



「あんな無茶を……」


 違う。そうじゃない。

 フラァマが言わなければいけないのはそうじゃなくて。もっと他に言うべきことがある。


「……ごめんなさい、ルーシャ」


 喧嘩をした。ルーシャを傷つけるような言葉を吐いた。

 取り消すことはできない。

 だけど、だから別の言葉が必要。きちんと気持ちを伝える言葉が。


「違いますわ、フラァマ」

「……」

「わたくしが聞きたいのは――」


「まぁだあだぁぁぁよぉぉぉぅ!」



 吹っ飛んできた猪狸の死体を転がって避けた。

 怪我をした手を着いて痛みに呻く。

 痛みとまだくらくらする頭のせいで、地面が揺れているみたい。うまく立てない。


 フラァマと逆に転がったルーシャも、膝を着いたまま蹴られた腹を押さえて立てずにいた。

 そんな二人を見下ろす、泥と血に塗れた男。



「うぇっはぁ、あぶねえあぶないなぁ嬢ちゃんたちぃ」

「しつこい下郎ですわね」


 今の衝撃をまだ耐えるなんて思わなかった。

 信じられない。フラァマの油断、手抜かり。


「死体を、盾に……」


 猪狸の死骸を盾にして今の霊的衝撃波を軽減させ、耐え抜いたのか。

 跳ね返ってきた衝撃は反対側から。だから。



「く……」


 倒したと思ったのに。

 即座に別の手を打っていたなら仕留められたかもしれない。それを怠った。

 痛恨の手抜かり。



「こぉれでまほうはもうしまいかぁ? まぁじょの嬢ちゃんたぁちぃ」

「お前程度、わたくしが……」


 落ちていた短槍を拾うルーシャだが、明らかにまだダメージが残っている。

 先刻のような武技は期待できない。まともに走ることだってできないだろう。


 どうする。

 どうしようもない。

 手はない。けれどフラァマには血がある。

 血を使えば、まだ……



「なぁら、こんどはおぅれのばんだぁ――ぞ」


 ぞ。



「きゃあぁっ!?」

「うぁ?」


 地面が大きく揺れた。

 耳鳴りや錯覚ではない。大きく大地が揺れて、地響きと共に。



「Poooooou‼」

「はえ?」


 森が現れた。


「なん……ですの?」

「まさか……」


 いくつか木々をなぎ倒して、大樹のような背丈の小山が現れた。

 苔むした体に、ふたつの長い鼻。


「双鼻竜!」

「PoooFu!」


 ぬるっと伸びた鼻が凶う身の肩と両足に巻き付いたかと思うと、


「びゅべ」


 握り潰した。

 凶う身だった男の体を握り潰して、ぎゅっと絞って二つに割いて。


「PuE!」


 空の彼方に放り投げた。



「なんで……」


 見えなくなっていく凶う身の死体。

 それよりも、今ここで聳え立つ双鼻竜の巨体に目を奪われて、けれど答えが見つからない。


「Pooo……」


 どすん、と。

 その場に座り込む双鼻竜。


 いけない、危険。

 そう思うけれど、フラァマの頭がもう限界だった。



「フラァマ!」

「……」


 くたりと倒れたフラァマに駆け寄る足音。

 ルーシャの顔を見ようとしたが、閉じようとする目を開けることはできなかった。



  ◆   ◇   ◆

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