第24話 水の音



 冷たい。

 寒い。

 夏のはずなのに、右腕にかけられた水がやけに冷たい。


 冷たい水がかかると、今度は火が付いたように熱く痛む。

 がちがちと歯が鳴る。

 何か耳元で聞こえるけれどよくわからない。痛い。熱い。寒い。



 フラァマの気持ちが伝わったのか、次に感じたのはぬるい感触。

 首元を。胸を。脇を。

 背中や足の間も、湯を絞った布で拭われる。

 激しく痛くてひどく寒いけれど、その感触はなんだか心地よい。


 口の中に何かが注がれる。

 苦い。薬湯だ。

 先日ルーシャが怪我をした時に飲ませたのと同じ。

 でもちょっと濃い。だからとても苦いけれど、飲みなさいと優しい声で命じられて。


 痛む腕にぬるりとした感触。

 薬を塗られているのだと思うけれど、とにかく痛い。

 寒くて痛い。最悪な気分。



 最悪だと思ったけれど、腕の痛みが頭にも移ってきて、もっとひどくなる。

 息が苦しい。意識が保てない。

 呼ぶ声は聞こえるけれど返事ができない。たぶんひどい高熱。


 ああ、いけない。

 右手に死にかけの黒跳鼠の爪を受けたのだった。

 その黒跳鼠を殴りつけていた左腕も、たぶん折れた骨だとかで傷ついたはず。


 元気な時ならこうも影響を受けなかったと思うけれど、襲撃のせいで色々と無理をした。

 体力がごっそり減ったところに病毒。

 悪いことが重なった。



 悪いこと。

 妹弟子のルーシャを頭ごなしに叱りつけて、彼女にはどうしようもない恨み言を吐いた。

 フラァマは悪いことをした。だから罰が返ってくるのも当然。


 悲しくなる。

 せっかく妹弟子ができたのに、うまくできない。

 姉弟子としてかっこいいところを見せたいのに。


 彼女は都で不自由なく育った。

 こんな森の生活、嫌になって町に帰りたいと言い出すかもしれない。

 そうならないように、森の魔女の暮らしを気に入るように頑張りたかったのに。


 危なくて怖くて、嫌なことばかり。

 その上、フラァマは悪い子。こんなの嫌になって当たり前じゃないか。


 涙が零れる。

 熱のせいか涙も熱い。とっても熱い。



 ――フラァマ、待っていなさい。


 いやだ。

 どこにも行かないで。



 ――あの時、洞窟の……から、行ってきます。


 いやだ、行かないで。

 フラァマを置いて行かないで。



 ――お前は必ずここを守って。森の魔女の弟子、ルーシャの願いです。


 いやだ、ルーシャ。フラァマを一人にしないで。

 謝るから。もうあんな悪いこと言わないから。

 甘いものもなんでもあげる。なんでも言うこときくから。




 静けさ。

 前は何も気にならなかった。ルーシャが来る前、お師様が出かけた時には当たり前だったのだもの。

 だけど今は、誰かと一緒の温かさを知った。

 それがなくなって、ひどく寒い。ひどく寂しい。


 涙の音。

 外から聞こえてくる水の音。


 雨だ。

 雨の中、ルーシャが出て行ってしまった。

 フラァマを置いて出て行ってしまった。



 いけない。

 雨の森は危険が増す。斜面で足を滑らせて大けがをすることもある。

 息を潜めている獣に出くわすかもしれない。思わぬくらい近くに。


 止めなければいけない。

 なのにフラァマの体は動かない。起きようとして、すさまじい眩暈を感じて意識を失った。




「るぅ、しゃぁ……」


 真っ暗。

 意識を取り戻しかけて、また失って。

 そのたびに名を呼んで涙をこぼすけれど、拭いてくれる誰かはもういない。


 寂しい。

 寂しくて、寒くて。死んでしまいそう。

 全部フラァマが悪い。フラァマなんて……



  ◆   ◇   ◆

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