第28話 対話と解決

 優里亜さんの友人。その妹と、青江羽衣。


 両者の身体的特徴は、だいたい一致していた。


 年を重ねても、面影というのは、やはり強く残るものであるのだな、と思う。


「それで、ずっときいていなかったんですが……友人の名前って、なんていうんですか」

咲依さきよちゃんだけど?」

「いや、苗字の方です」

「……世界」

「世界?」


 世界。


 それは、ヤンデレ属性持ちの友人(なお年下)、冴海の姓だ。


「冴海と青江羽衣が関係あるってことですか?」

「わからない。でも、〝世界〟なんて苗字、そうたくさんいるとは思えないでしょう? 佐藤や鈴木じゃあるまいし」

「……ですよね」


 冴海ちゃんと青江羽衣との関係性が見えない。事実であるのか疑いたくなってしまう。


「……というか、冴海ちゃんと家族の話にならなかったんですか?」

「なったわ。私から持ちかけた。私の友達とは親戚だったみたい」


 そこは理解した。しかし、依然として青江羽衣が絡んでくる予感はさらさらしない。


「苗字が違いますし、離婚ですかね」

「勘当という線もあるんじゃない」

「この時代に勘当ですか?」

「可能性はゼロじゃないわ。それに、世界咲依せかいさきよちゃんの家庭はいろいろ大変そうだったし……」


 運命の悪戯というやつであろうか。もしいまの仮定がすべて正しいものだとすれば、そうとうすごい繋がりである。


「ともかく、友人の苗字と冴海ちゃんのが同じってのは初耳でしたし驚きましたよ」

「私も始めは驚いたわ。でも、世間は狭いと思えるようになってからは、すこしは気にならなくなったけれど」


 俺には俺の領域しか見えていないわけで、その外側には未知の真実が隠されていたわけだ。


 それをどうも思うわけではないけれど、どこか自分だけ除け者であるような、土足で踏みいってしまった乱入者であるかのように感じられる。


「これからどうします?」

「事実を確認したいところね」

「しかしこのタイミングですか」

「善は急げ、思い立ったが吉日よ」


 いましかない。そんなところだろう。


「晴翔君は、青江羽衣について知りたいと思ったからこそ、なけなしの勇気を発揮して、ツーショットを掴み取ったわよね。私からの指示があったとはいえ」

「ですね」

「その勇気を無駄にしないためにも、真実を明らかにしましょう」

「……わかりました」


 優里亜さんと青江羽衣との関係を調べたいという目的。それを忘れてはいけない。目的のない行動はえてして無駄なものになってしまう。


 青江羽衣へメッセージを送ろうとする。文面は優里亜さんと一緒に考えた。


 すこし昔の話をしたい。僕と、君の知り合いかもしれない女性と三人で――要約すればこんなところだ。


 返信はすぐに来た。承諾の意が記されていた。


 そこから日程と場所を調整し、晴れて三人が邂逅することとなった。


 ***


 当日の夕方。


 集合場所は、学校からやや離れた場所にある、寂れた喫茶店だった。客はまばらであり、落ち着いた雰囲気の店だった。


 四人席を選ぶこととなったのは、当初予定されていた三人に加え、突如として冴海ちゃんが参戦することとなったためだ。


 これは青江羽衣からの提案であったらしく、ここで青江羽衣と冴海ちゃんとの間に繋がりは明らかとなった。


 注文すると、ややあって各自の飲み物が運ばれてきた。全員が飲み物に口をつけたところで、優里亜さんが先陣を切り、今回の本題へと移った。


 そこから、心の中でくすぶっていた謎は一気に解かれていった。


 優里亜さんと青江羽衣のお姉さんは、やはり旧知の中であったらしい。


 では、なぜ優里亜さんは青江羽衣の名前を知らなかったのか?


 それは、青江羽衣が抱えていた事情のためであった。


 三年前、青江羽衣は、毎日学校に通う習慣をすでに失っていて、部屋にこもって過ごす日々が増えていた。小学生の頃から、その前兆はあったという。


 完全に学校から足が遠のいてしまったのは、中学二年生の頃であった。ただ、青江羽衣の従姉妹、つまり世界咲依の輝く姿を見てから、状況は変化する。


 我が高校の文化祭である。


 優里亜さんは、俺と同じ高校に通っていたという。世界咲依は同級生であるから、我が高校の文化祭という表現が正しいのは言わずもがなである。


 青江羽衣にとって、同じ屋根の下に暮らす存在――世界咲依は、実の姉のようなものだった。


 ふとした思いつきで行った文化祭ではあったが、その熱量と、世界咲依の格好良さに心を奪われ、「この学校に行きたい」と強く願うようになったという。


 それが、彼女を我が高校へと導き、学校へ通う習慣を取り戻し、そして文化祭委員を務めるようになった原因であった。


 なお、青江羽衣は、両親から勘当された立場にあるという。


 彼女の、学校に対する長年の態度は、彼女の両親にとっては許しがたいものであった。我慢の限界をむかえた両親は、青江羽衣を親戚の家に追いやった。


 文化祭がおこなわれたのは、優里亜さんが青江羽衣と出会う後のことだった。複雑な関係性であるからこそ、青江羽衣のことが話題に出されるようなことはほぼなかった。


 現在、青江羽衣は世界咲依の義理の妹のようなもので、戸籍上は違うといえども、本人たちの間ではそういうものとして受け入れられていた。


「……というわけなの。ういういは色々抱えてたの」

「そうだったのか……深く考えず、辛い話をさせてしまって申し訳ない」

「大丈夫。その、上倉君だから?」

「……晴翔、年下年上じゃ満足できず、今度は同級生までロックオンしてるの?」

「してません」

「いずれにしても、生き地獄を見てもらわないと割に合わないと思うの」

「ヤンデレ発動しないで!?」


 なお、冴海ちゃんは青江羽衣と親戚関係にはあるのだが、世界咲依の家系ではない。


「……それにしても、まさかのまさかなの。よくこうも繋がるものなの」

「だな」

「お姉さんびっくり」

「私も」


 重苦しいムードは解消されていた。青江羽衣の過去に対して、俺は特に蔑むようなことはなかった。それが態度として伝わったらしく、青江羽衣は過去を知られ

 たことを順調に受け入れたらしかった。


「じゃあ、このまま晴翔君のおうちでパーティーしましょうか」

「どういう提案?」


 今回はふつうにお開きとなった。


 謎は完全に解き明かされた。


 突き止められた真実――それは、俺が同級生に惹かれたというよりも、その背後に存在する、年下と年上の存在に引き寄せられていたかもしれないということだ。


 このように、青江羽衣というミステリーは意外とあっさり解決へと導かれたのだった。

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