第29話 通話と感傷

 変に青江羽衣を気にすることがなくなり、気持ちがいささか楽になった。


 知り合いの知り合いが、知り合いどころか血の繋がりがあったという、ゲシュタルト崩壊でも起こりかねない事象を目の当たりにした俺。


 人生とはわからないものだな、と青二才ながら感慨にふけってみたりするも、いまいちぱっとしない。


 ともかく、これで一件落着のはずだった。


 ……はずだった。


『ふーん』

『反応が 君の名みたく 冷たいよ』

『その川柳、ゼロ点ね』

『そのくらいわかってる』


 あれから二週間が経つ。


 現在通話を繋いでいるのは、籠氷空だ。


 青江羽衣と優里亜さん、そして冴海ちゃんとの関係について知ったのは、氷空にとってはきのうのことである。


 縁菜には伝えておいた。バッティングセンターで会ったときに伝えた。


『驚くようなことではない。そのような偶然は必然であろう。しかし実に面白い! 私も混ぜてくれたまえ!』


 となぜか羨ましがっていた。


 しまいには、


『晴翔殿や優里亜殿も含めて、みんなでDNA鑑定でもしてみようか! もちろん、晴翔殿に唾液はやらんぞ?』


 という意味不明なセリフによって、韓流ドラマの後半にありがちな展開に持っていこうとしていた。我ながらまるで伝わらないたとえである。


 さすがにこれ以上、明かされていなかった意外な血縁関係が判明しても笑うしかないだろう。DNA鑑定なんてしようとも思わないよ。


 たとえ優里亜さんが俺の姉だったとしても、俺は気にしない。愛を貫いていこうと思う。


『ていうか、なんで私だけ除け者だったわけ?』

『知りたがっている様子もなかったし』

『知りようがないじゃない』

『実際はな、あんたの兄さんがダルいせいだ』


 勝利は悪い奴ではないんだ。むろん、いい奴でもない。


 勝利がこういう話題を耳にすれば、面倒なことになるのは自明の理である。ただ、ずっと隠し通すのも無理というものである。


 ついにきのう、真実を知ってしまった勝利。その口から、氷空も真実を知ることとなったのだ。


『完全に理解したわ。最高の兄が、最高の友人たりえるとは思っていないから』

『ブラコンでも兄の欠点は目につくもんか』

『なんせ勝利お兄も晴翔に負けず劣らず思春期男子だからね』


 変態、といわなかったのは、兄に対してその言葉を使うのがためらわれたからだろう。


『で、青江羽衣という小娘とはうまくやっているのかしら』

『誰目線? まあ、関係は良好だね。互いに深いところまで見られちまったもんだから、開き直ったっていおうか、オープンになったかもしれないね』 


 この問答は、数回やっているはずだった。同じようなやりとりを繰り返し、進展のない時間を過ごしていた。


『……これ以上話してもあれだ、そろそろ切るぞ』

『タイム、いや、タンマタンマ』

『タンマとか、小学生じゃあるまいし』

『私の体格が小学生みたいですか、そうですか……?』

『氷空、俺じゃないなにかと会話しているのかな』

『あー! なんであんたの周りにはハイエナのごとく女子が群がるのかしら』


 なにをいいだすかと思えば、本音はそれであった。


『氷空もその一員であるという自覚を持ったほうが良さそうだ』

『私をハイエナ扱いするつもり?』

『そもそも氷空がいいはじめた喩えだろうがこの』


 長時間の通話は、俺の言葉遣いをいつもよりやや荒くさせるには充分な要因となりえていたらしい。


『……失礼。まあ、そんなにモヤモヤするなら、電話なんかじゃなくて生で会って愚痴を吐けばいい』

『実際に会うような真似をしたときには、晴翔のことを殴ってしまいそうな自信があるわ。入院生活を送りたい?』

『暴力系は嫌いだよ』

『……これ以上の対話は不毛なようね』

『気づいてくれt……切れた』


 突然電話をかけてきて、好きなだけ話して、切ってしまう。嵐のような女である。


 独創性と洗練さを著しく欠いた俺たちの対話はここで中断され、現実世界に意識が戻される。


 電話をしているときには、別の世界にいるような感覚に陥りがちであるから、この表現は、今回に限っては不自然ではなかろう。


「それで、きょうの予定は……」


 とくにない。


 文化祭の準備は着々と進み、そろそろクラス全体で動こうという時期に突入しつつある。


 ふたりでやる作業もすくなくなり、本日の帰宅時間はこれまでと比べて早いものであったといえるかもしれない。


 心にも体にも余裕が生まれてきている。


「……んじゃ、またパーティーでもやるか。きょうじゃないけど」


 本日は優里亜さんが外出の用があるということで、連絡が入っていた。最近の優里亜さんは我が家にくることが減りつつある。


 大学で出されている課題に追われているのだろうか。優里亜さんにもプライベートがあるわけだし、追及するようなことはなかった。


 しかし、優里亜さんと会えないことに寂しさは残る。距離感がややバグっているような優里亜さんではあるが、もうそれも気になっていない。否、最初からそうだった。


 ここ一週間、青江羽衣に対する関心も一時期に比べれば冷めていき、おのずと優里亜さんについて考えることが多くなっていた。


 俺は、果たして優里亜さんについてどう思っているのだろうか?


 この質問の答えはふたつ用意されている。


 友人として好きなのか。


 恋愛感情を抱く対象として好きなのか。


 後者でありたいという思いはあるのだが、現実ある前者であるように思えてならない。


 いまや、優里亜さんに対してドキドキするようなことはない。


 隣に住む変態なお姉さん、というか、たんにいつもからかってくる、本当の姉のような気がしている。むろん、本当の姉ならこのような関係になるとは思わないが。


 結婚なんてたいそうなことは考えていない。


 もし結婚するにしても、親戚が冴海ちゃんに青江羽衣である。いささか気まずいところだ。


 ……あくまでこれらは机上の空論でしかなく、勝手な俺の妄想である。しかし、問いに対する答えは、いつか決めなければならないのだろうと思う。


 いつ優里亜さんがここを出ていくか、引っ越すか、彼氏を作るかわからない。それは当然のことだ。


 諸行無常ではないが、現在の関係性が一生続くわけでもないのだから。


 だいぶセンチメンタルになってんな。


 そんな気分を振り払うつもりで、優里亜さんや青江羽衣、冴海ちゃんたちを食事に誘うため、メッセージを送る。


 集められるだけ集めておきたい。


 そうして、でっかく打ち上げでもしてやりたい。なんの打ち上げか明確ではないが、そういう気分なのだ。




 ___________


 次回、最終回です

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