第27話 撮影と事実

 翌日の放課後、文化祭委員の仕事が始まって二十分。


 青江羽衣とのツーショットは、いまだ実現できていない。


 やらねばならぬ。何度も心を決めようとしているが、答えはいわずもがなである。


 こちらの気も知らないで、青江羽衣はいたって通常状態を保っており、黙々と作業を進めている。


 なお、先日よりもやや寡黙さが薄れてきつつあり、関わりやすくなっている。とはいえ、ツーショットの提案は自分の中でとりくみづらい事象であることに変化はなかった。


 だがしかし。


 優里亜さんと青江羽衣との繋がりの謎はやはり気になるところではある。


 時間が経つにつれて、こちらの関係性の方が気になって仕方なくなってきたところだ。


「……青江さん」

「はい?」


 視線。メガネを介しているとはいえ、しっかり刺さってくる。気の抜けたような表情をしている。不意打ちだったらしい。


「あのさ、思い出として残すじゃないけど、ちょっと写真とr……」

「無理です」

「え?」

「写真の類いは、無理なんです」


 撃沈。言葉を積み重ねていく必要もなく、無残に敗れていった。


「いちおう、どうしてダメなのか教えてもらえる?」


 最後の足掻きを見せる。


「写真を撮られると、なんだか呪われそうだから」

「呪われそう?」

「小さい頃はよかったのだけれど、いつからか背後に怪しい影が映るようになって、不気味に感じるようになってしまったんです」

「じゃあ、クラス写真のときは、あえて休んだの?」


 こくり、こくりと頷く青江羽衣。


 黙っていれば人形のような愛らしさも持ち合わせているのかもしれない。そんな変な考えが浮かんでいる自分に困惑を覚える。


「下手に私と写真なんか撮っても、やな思いをさせてしまう。だから無理なんです」

「僕は異形のモノが写っても別に気にしないよ」

「私のいうこと、嘘だと思っていたりします?」

「君のことを信じていないわけじゃないよ。ただ、そういう理由で写真を撮ろうとしない、できないっていうのはもったいないと思うんだ。たまには撮影したっていいんじゃないかな?」


 正直、心霊現象の類は大の苦手である。生理的に受け付けないレベルといえる。


 子供の頃からホラーは完全に無理だった。試しに見てしまった日には、ガチで失神してしまい、意識が戻ったときには床が熱を帯びて湿っていることに気づき、嫌な感情がごちゃ混ぜになった記憶がある。


「そこまでいうなら……」

「いいの?」

「君が呪われて命を奪われても、責任はとれないよ?」

「わかってる。自己責任だから」


 霊なんて信じちゃいない。本当にいると知れば、まともに生活できるとは思えない。


 そんなものは嘘だと信じ込ませることで、かろうじてまともに暮らしていけるってもんだ。


 それに、優里亜さんと青江羽衣の関係を知りたいという純粋な目的のために、霊が俺を呪い殺す――そこまで幽霊もひどい生物(?)ではなかろう。あくまでこれは期待でしかないのだが。


 俺は鞄からスマホを取り出し、席を動かす。こうして女子とツーショットを撮る機会は数えるほどしかないので、いささか慣れたもんじゃない。


 まあ、彼女を単独で撮らしてくれだなんていうよりはマシだったわけで、文句をいってる場合じゃない。


「じゃあ、撮ろうか」


 スマホを斜め上に掲げ、画面を見上げる。微調整を重ね、青江羽衣の全身ができるだけ入るように配慮する。


「……ちょっと待って」


 青江羽衣は、ふと長い前髪を纏め始めた。そして、メガネも外す。


「……いいよ」


 肩をやや寄せてくる。


 シャッターを押した。



「SNSとかにはあげないでね」


 青江羽衣が髪とメガネを元通りにし、席を戻した後のことである。


「もちろん」

「上倉君って、こういう思い出作り? っていうの、やるタイプだったんだ」

「高校二年の文化祭は一生に一回しかない。ここ最近はそういう考えだからね」

「いいね」

「でも、せっかく撮ったわけだし、青江さんにも送っておきたいな」

「連絡先?」

「そういうことになるね」

「わかった」


 下手に悩まなくてよかったらしい。杞憂というやつだ。昨日の懊悩は無駄だったといえるかもしれん。


 あのせいで、課題を終わらせるのが地獄だった……うん、それはただの自己責任というやつだ。


 連絡先を無事交換し終えると、青江羽衣は感傷に浸っていた。明後日の方向を眺めつつ。彼女は独白する。


「蝉は観測されてはじめて、意味があるのと同じ」

「うん?」


 だいたいのニュアンスは伝わっているからオーケーです、と自分を無理やり納得させておく。


「最高の文化祭にしようね」

「ああ、そうだね」


 ふと、疑問が浮かぶ。


「どうして、メガネと髪を?」

「写真を撮っていたようなときには、もっと短髪で、メガネもかけていなかったから」



「……かくして、写真データは入手できたわけですよ」


 さきほどの描写を九割五分カットし、優里亜さんに事実が伝えられた。


 現在、優里亜さんが我が家にやってきて、スマホをちょうど見せたところである。


「イメージとはちょっと違ったね」

「別人でした?」

「晴翔君の評とはかけ離れていると思ったの」

「珍しくメガネも外してましたし、前髪もずらしてましたから」

「……ちょっと待ってね」


 声に真剣さが帯びる。


 高そうなスマホが取り出される。優里亜さんは自身のスマホに画像を表示し、俺のスマホと比較する。


「友達から、妹の写真を送ってもらったの。写真嫌いだからって、小さい頃の写真しかなかったというけど……」


 スマホを見比べる。


 優里亜さんのスマホに映る、あどけない少女。天真爛漫という言葉が似合いそうだ。


 ふだんとは見違えるような、青江羽衣の姿。そこに闇を感じることはなく、生気に満ち溢れた、別人のような姿。


 完全な一致はありえないと思った。写真嫌いの人間なんてごまんといるではないか。


 ただ、額をよく見れば、その考えは覆されざるをえなかった。


 どちらも、額の左側、そして鼻元にほくろがある。長い髪とメガネがあれば、見落としてしまうであろう位置だった。


「クロ、ね」

「そうみたいですね」

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