下手のじんと上手のジン

第34イヴェ シュージン、〈きたら〉での運命の出会い

 それは、二〇一四年の九月半ばの事だったんだ。

 九月の十三日の金曜日から十五日の日曜日の三日に渡って、札幌の南北線の終点の〈真駒内(まこまない)〉から、バスで三十分くらいの所にある〈札幌芸術の森〉の野外ステージで、〈きたら→さっぽろ〉ってゆうアニメ・ソングのフェスティヴァルが行われたんだ。


 僕は中三だから高校受験を控えているんだけどさ、まあ、親を説得して、日曜日のアニソン・フェスに参加したんだ。チケ代は自腹だったんだけど、家に帰るのが夜十時近くになっちゃうんで、一応は親の許可が必要だったわけ。

 でもって、僕にとっては、それが、生まれて初めての〈ライヴ〉だったんだよね。


 アニメそれ自体は、子供の頃から、そう、物心がついた頃からずっと観続けてきたわけで、ちっちゃな頃から〈アニオタ〉だったから、当然、アニメ本編の前後に流れている、いわゆる〈OP〉や〈ED〉も聞いてはいたんだけど、アニメ・ソングそのものにガツンとはまっちゃったのは、僕が中一の頃、二〇一二年の夏に流れていた『アゲ・ガンダム』の第四期のオープニング・ソング、「極光」だったんだよね。


 シュゥゥゥ~~~~と 吸い込まれるような音の後に流れ出した歌声を聴いた瞬間に、僕はすっかり魅了されてしまったんだ。


 その「極光」を歌っていたアニソン・シンガーこそが〈翼葵〉さんなんだよね。

 実は、中二頃の〈きたら→さっぽろ〉にも、葵さんは歌いに来てくれたんだけど、その出演を知った時の中二の当時の僕は、まだライヴに行く勇気も、そして、チケットを買うお金もなかったんだよね。

 だから、次、翼さんが札幌に来る日に備えて、一年間、お小遣いやお年玉を貯めて、中三の時の二〇一四年の〈きたら→さっぽろ〉に参加したワケなんだよ。

 チケットの種類は、後方の芝生の自由座席エリアと、前方のステージ近くの指定座席があったんだけどさ、どうせなら、ステージ近くの方がいいでしょって感じで、そこはお金を奮発したわけよ。


 もちろん、一番のお目当ては、〈最推〉の翼葵さんだったんだけどさ、その三日目の本編前のオープニング・アクトとして歌唱したのが、今の僕の〈最推〉のもう一つの翼、〈真城綾乃〉さんだったんだよね。

 翼さんも綾乃さんも、二人とも北海道出身で、僕と同郷ってとこも、ビビってくるポイントなんだけど、二人とも、声も歌も、そしてルックスも僕のドストライクで、その時は翼さん目的で〈きたら〉に来たはずなのに、僕、一瞬で、綾乃さんにも〈おち〉てしまったんだ。

 そん時はさ、同時に二人をおすってのが、翼さんへの〈浮気〉のようにも思えて悩んだりもしたんだけど、いや~~~、二ヶ月前の僕は青かったね。別に、同じくらい〈二所〉懸命に〈おし〉ているのならば、二人、〈最推〉がいても「いいんだよ」って、あん時の僕に教えてあげたいね。


 で、その日の、生まれて初めて参加したライヴで最も印象深く、今なお心に刻み込まれているのが、その翼さんと綾乃さんの二人による〈きたら〉特別ユニットが披露した「結束」だったんだ。この曲、あの魔法少女もののオープニングなんだけど、オリジナルを歌っている仮面を被った少女デュオ〈クリオネ〉も北海道出身だし、〈翼・綾乃〉によるクリオネのカヴァーって、ほんと、道民心をくすぐる演出だったね。


 思い返すと、この〈翼・綾乃〉のデュオを肉眼で視認した時こそが、僕が〈イヴェンター〉になった決定的瞬間だったのかもしれない。


 でさ、その〈きたら〉の時のことなんだけど、僕、中年のおじさんの右隣の席だったんだ。


 ちなみにさ、僕が、アニソンのフェスに行くって言ったら、両親が〈光るぼっこ〉、いわゆる、ペンライトをプレゼントしてくれたんだ。しかも、父と母、それぞれ一本ずつだよ。

 あん時の食卓では、まさかの展開に家族で大笑いしたね。


 さてさて、僕は両手にぼっこを一本ずつ持って応援してたんだけど、その左のおじさんはペンライトを持っていなかったんだ。

 だからさ、なんか、その左のおじさんが可哀そうに思えて、おじさんにこう言ったんだ。

「よかったら、光るぼ……、えっと、ペンライト一本貸しましょうか」

「ありがとう。でも、大丈夫だから」

 って、その左さんからは丁重に断られてしまったんだよ。


 で、その後、なんか、その左のおじさんの事が気になって、ステージ中、横目でチラチラ見ていたんだけど、その左さん、曲のリズムやメロディーに合わせて、タイミングよく、手を振ったり、ステージの歌い手にコールを送ったりしているんだよね。

 その様子を見て、僕は思ったね。

 この人、プロだって。そのクロウトの人に、ぼっこを貸しましょうかって、僕、なんて失礼なことを言っちゃったんだろうって。


 フェスが終わってから、〈きたら→さっぽろ〉の会場から地下鉄の駅までの、帰りのバスの中で、偶然にもその左のおじさんと乗り合わせて、少し話をすることになったんだ。

 したら、その人、東京から〈遠征〉してきている翼葵さんのファンだったんだよね。


 そうそう、これはさ、その左のおじさんこそが、僕がイヴェンターのシショーにすることに勝手に決めた〈ふ~じん〉さんだったって話なんだよ。

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