第32イヴェ じゅ姐さんと、ロワの伝説

 二〇二一年九月四日・土曜日、午前九時十分過ぎ――


 翼葵の全国ツアー十五本中、九本目、ちょうど後半戦のスタートとなるライヴに参加するために、仙台に宿泊していたエールさんの遠征系のイヴェンター達が、そろそろ、宿をチェック・アウトする準備に取り掛からんとしている時間帯のことであった。


 じゅ姐さんのフォロワーたち、例えば、グッさんやふ~じんのSNSのタイム・ラインに、じゅ姐さんのツイートが、突如、上がってきたのだ。


「シャワー浴びてサッパリ。そして、『サッパリ』ワクテカ、正座待機中」

「「何やて(だって)!!」」

 二人は、それぞれ、仙台の別の場所にありながらも、似たようなリプライを、ほとんど同時にじゅ姐さんに返してしまっていた。

「でも、服は着てますけどね」

「「〈全裸待機〉ちゃうんかい(じゃないのかよ)!!」」

 またしても、似たような反応を返してしまった、グッサんとふ~じんであった。


「それにしても、ネージュさん、何を期待して待っているのかは分かんないですけど、『ワクテカ、正座待機中』って表現、〈尋常〉じゃないくらい古いですね。きょうび、おっさん・おばさんしか使わないですよ」

「その通りやな。ところで、じゅねい。いったい、どないしたんや?」

 そのグッさんの問いに、じゅ姐さんは、即座にリプライを返してきた。

「『サッパリ・サタデー』の、〈パピィーたん〉のスタジオ・ライヴに、フルカワさんが出るかもしれないんです」

「「何やて(だって)!!」」

 三度目の類似反応の後に、ふ~じんが続けて、次のようなリプライを打った。

「ネージュさんには、どうして、そんなことが予測できるんですか?」

 ふ~じんの疑問に、じゅ姐さんは、こう返してきた。

「フルカワさんが、パピィーたんの出演ツイートを、リツイートしてたから」

 じゅ姐さんによると、フルカ・ロワは、自分の出演番組に関して、自らツイートすることは少ないのだが、その代わりに、リツイートで、自分の出演を〈匂わせる〉傾向があるそうなのだ。


 こんな〈会話〉を、三人で、SNS上で交わしている間に、十分近くの時間は瞬く間に過ぎ去り、時刻は、もうすぐ九時二十分、『サッパリ』はCMに入っていた。

「ツイートによると、出演は〈九時半〉頃みたいなんですけど、十分前なので、アタシ、ライヴが終わるまでは、SNSからドロンします」

 このツイートを最後に、じゅ姐さんは、SNS上の〈会話〉から抜けていった。


「ほな、わいも、その『サッパリ』のライヴを観なアカンな」

 既にホテルをチェック・アウトする準備を終えていたグッさんは、ホテルのラウンジでモーニング・コーヒーを飲んでいたのだが、ラウンジには他に客はいなかったので、TVのチャンネルを『サッパリ』に合わせたのだった。


 そして、九時二十分――


 CMが明けた直後、開口一番、九月のMC担当で、デビュー五年目のコンビ芸人の〈僕たち既に高校生〉が、いきなり、パピィーの紹介を始めたのだ。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、待って、スタジオ・ライヴって、『九時半』からってツイートされてなかったっけ?」

 じゅ姐さんは、机の上の一升瓶を鞄の中に入れている最中だったのだが、慌てて、TVの前のベスト・ポジションに飛んで戻った。


「はい、それでは、今年で〈既に〉芸歴二十五年生、キャリアは僕たちの五倍、活動歴、四半世紀のパピィーさんに、番組のSNSの視聴者投票で見事一位に輝いた、この曲を歌ってもらいます。どおおおぉぉぉ~~~ぞおおおぉぉ~~~」

 この紹介の後、画面は暗くなり、その一瞬後に、カメラは、ライヴが行われるスタジオをに切り替えられた。


 だが、しかしである。

 

 楽器はセットされてはいたものの、ライヴ・スタジオにいたのは、手にマイクを持ってさえいないパピィーの二人だけで、バック・バンドのメンバーは誰一人として定位置に着いてはいなかった。にもかかわらず、前奏が鳴り始まってしまい、「えっ!? もう、始まんの?」という表情をさせたパピィーの二人は、一瞬、互いに顔を見合わせたのだが、二人、同時に頷き合って、そのまま歌唱を始めた。


 その直後、カメラは、司会やゲストが座っているエリアに切り替えられた。

 すると、腰を屈めながら、小走りで、MC席の前を横切ってゆくバンド・メンバーの姿がカメラに映り込んできた。

 さらに、総合司会の兜工事(かぶと・こうじ)の顔がアップになったちょうどそのタイミングで、MC席を横切ってゆくバンド・メンバーの中で、ただ一人、腰を屈めていなかった、天然パーマの頭が、大きく、画面一杯に映し出されたのである。


「ふ、フルカワさあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~ん」


 じゅ姐さんは、TVの画面を指差しながら、思わず、ホテルの部屋の中で絶叫を迸らせてしまった。


 九月の番組MCの〈僕たち既に高校生〉も、「なんなん、コレ、こんなん、ありえんわ」と言いながら、堪え切れずに腹部を抑えていた。

 そして、彼らに釣られて、MC席のゲスト達も、両手を叩きながら、大爆笑していた。 

 すると、番組の総合司会の兜が、大笑いしながら立ち上がって、「たんま、たんま、一回、ストップ」と叫んで、TVカメラの前で、両腕を大きく振ると、流れ始めていた曲は停止し、パピィーの二人も歌唱をストップさせたのだった。

 歌っている間は我慢していたのであろう、音楽が止むと、二人も、ついに堪え切れずに大爆笑し始めていた。


 いったん場が収まった後、総合司会の兜によると、CMが明ける前から、パピィーの二人はライヴ・スタジオにスタンバっていたのだが、二人は、スタジオ・ライヴの開始は〈九時半〉からだと伝えられていたらしい。一方、バンド・メンバーも、九時半からの出番に備えて、MC席の傍で待機していた。

 だが、CM明けの九時二十分に、〈僕たち既に高校生〉の紹介の直後、前奏が鳴ってしまい、「やばい、始まる」、そう思ったバンド・メンバーたちは、慌ててスタジオに向かって急ぎ駆けていったのだそうだ。その結果、MC席の前を横切ってしまった、とのことである。


 そうしたフォローの後で、兜は、笑いを必死にこらえながら、こう付け加えたのだった。

「みなさん、大変お騒がせしました。改めて、パピィーのスタジオ・ライヴを楽しみましょう。しかし、これで、このライヴが〈生放送〉だと言うことが証明されました。それでは、改めて、パピィーの二人、歌ってください。バンド・メンバーも、よろしくです」


 カメラは、MC席からスタジオに切り替えられ、ハンド・マイクを手にしたパピィーの二人とバンド・メンバーたちは、腰を九十度まで曲げて、大きく一礼した後で、新曲を歌い始めたのだった。


 スタジオ・ライヴを終えた後で、パピィーの二人に、総合司会の兜が話を振った。

「こんなハプニングが起こっちゃいましたが、ぶっちゃけ、どう思いました?」

 美祐(みゆ)が応えた。

「あたしたち、今年でデビュー二十五周年なんですけど、こんなハプニング初めてでした。まだまだ、未体験な事ってあるんだなって思いました」

 それから、美愛(みあ)が続けた。

「実は、最初に曲が鳴り始めた時、マイクすらなかったんですよ」

「まじっすか。気付かんかったわ」

「そうなんですよ。ですが、ハンド・マイクがないならないで、この胸のピン・マイクでやるしかないって、みゆと頷き合って、一瞬で気合を入れました」

「さすが、それが四半世紀のキャリアなのですね」


 それから、兜は、自分の顔の前を通り過ぎていった、天然パーマのギタリストに話を振ったのだった。

「いや、自分の前にいきなり、天パが通り過ぎていったんで、なんじゃこりゃってビビリましたよ。で、自分たちがいないスタジオで、パピィーが歌い始めた時にどう思いました?」

「もう、やばいって思って全力で急ぎました。そして、自分、兜さんのファンなんで、一生懸命、ギターを弾きました」

 ロワは緊張のせいか、兜との会話は、若干、噛み合ってはいなかった。


 この番組を観ながら、画面の向こうでグッさんは独り言ちた。

「ロワさん、おいしいやろ、これは」

 一方、ふ~じんはこう言っていた。

「実際の所、これって、放送事故レヴェルと言ってよいトラブルかもだけど、なんか、めっさ、笑えたわ。これが復帰後、一発目の仕事って、ロワさん、持ってるよな。この〈ロワ伝説〉は語り継がれてゆくよ」


 そして、二人が、そろそろチェック・アウトをしようと、フロントに向かおうとしていた時、SNSのタイム・ラインに、じゅ姐さんのツイートがあがってきた。


「う”れ”じい”ぃぃ~~~。やっと、ブル”ガワ”ざん”のげん”ぎな姿がみ”れ”だよ”ぉぉぉ~~~」


 ふ~じんは思った。

 ネージュさん、きっと、テレビの前で、涙でぐじょぐじょになって、発する言葉も全部濁点化しているんだろうけど、別に、それを、書き言葉でも再現する必要はないのにな。

 って。

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