第31イヴェ じゅ姐さんと、目覚ましリツイート
偶然に再会したバンギャ時代の天敵・ヨシリュウは、じゅ姐さんを激しく苛立たせた。
仙台駅から徒歩で二十分かけて、仙台の繁華街である国分町に向かっている間も、髪の毛が逆立つ程の怒りが収まることはなかった。
その時刻には、空いている飲食店は皆無だったので、じゅ姐さんは、国分町のホテルの一階にあったコンビニで、弁当と氷を買い込み、部屋に入るや否や、未だ腹立ちが収まらない腹を満たすためだけの目的で、弁当をかっこんだ。
お腹が膨れたじゅ姐さんは、バッグの中から、新潟で購入した、〈八海山〉の八海醸造の米焼酎〈よろしく千萬(せんまん)あるべし〉を取り出し、机の上に置くと、自分で編集した〈ロワのギター・ソロ〉のプレイリストをポータブル・スピーカーで流し始めた。
それから、親の仇のように砕いた〈コンビニ氷〉を、ホテル備え付けのコップに入れ、その氷入りのコップに、お土産用に買ったはずの八海山を注ぎ、透明な液体がなみなみと注がれたコップを手に取ってこう言った。
「ロックン・ローラーの酒の飲み方は、オン・ザ・ロックスだぜ。シェキナベイベー」
こう唱えたじゅ姐さんは、コップの底を机に軽く打ち付けた。これは、この場にいない者に対する乾杯を意味する行為なのだ。
「ロワの瞳に乾杯、そして、ロワのギターに完敗」
そう言うや、じゅ姐さんは、コップを額まで掲げた後で、杯を一気に仰いだのだった。
毎夜の儀式である、ロワとの乾杯を終えたじゅ姐さんは、二杯目の米焼酎で寝酒を始めた。
「お米チップスと〈千萬〉、米米なんで、合うわぁぁぁ~~~。五臓六腑に、しみわたるぅぅぅ~~~」
酩酊し、溶け始めた脳みそで、そんなコメントを独話しながら、ロワのギター・サウンドに浸り、旨い酒を飲んでいるうちに、先ほどまでの、全身を纏っていたどす黒い怒りも徐々に収まってゆき、ヨシリュウのことなど、もはやどうでもよくなっていった。ジャンルが違うし、どうせ二度と会わないヲタクだ。
そうして杯を重ねてゆくうちに、意識が朦朧としてゆき、じゅ姐さんは、そのまま気を失うようにベットの上に、うつ伏せでバタンQしてしまった。
そして、午前八時半――
目覚まし代わりのアラームをセットし忘れていたじゅ姐さんを目覚めさせたのは、二度のスマフォの通知音であった。
「あ、頭が、い、痛い。な、なんでえええぇぇぇ~~~???」
机の上をみると、何故か、新潟でお土産用に買った〈はず〉の一升瓶がかなり目減りしていた。
「誰が飲んだの? もしかして、このホテルの部屋、〈いる〉?」
じゅ姐さんは、この世ならざる存在がホテルに地縛されていることを先ずは疑った。
そして、これまた理由はまったく理解できなかったのだが、頭の内部が雲か霞がかかったような状態になっている。
「米焼酎を飲んだのはアタシの身体かもしれないけれど、自覚がないし、もしかして憑かれてた? 移動で疲れていたから」
朦朧とした意識のまま、音が鳴った方に腕を伸ばしたじゅ姐さんは、手を闇雲に何度もバタバタさせた後で、手に触れたスマフォを掴み取った。
それから、半身をなんとか起こし上げ、背もたれにした枕に背中を預け、眠気眼をこすりながら、スマフォのホーム画面を見た瞬間、じゅ姐さんは一瞬で覚醒し、思わず、腹筋運動の如く、身体を〈く〉の字に大きく素早く折って、スマフォの画面に顔を近付けてしまった。
それらは、ロワ自身のツイートではなく、ロワがした二つの〈リツイート〉の通知であった。
「まもなくサッパリ生出演! 新曲、TV初披露」
「本日、『サッパリ』に生出演でーす。 お楽しみに!」
そのリツイートの元ツイートは、一つは、二〇二一年にデビュー二十五周年を迎えた、国民的女性ボーカル・デュオ〈PUPPY(パピィー)〉のスタッフによるもので、もう一つは、パピィーのメンバーの一人である〈美佑(みゆ)〉の呟きであった。
「と、とにかく、じょ、情報、しょ、詳細を……」
こう唱え続けながら、じゅ姐さんは、スタッフのツイートを手繰っていった。
そうして分かったことは、パピィーが、とある民放において土曜日の午前中に放映されている『サッパリ・サタデー』という番組内のエンターテイメント・コーナーで、九時半頃にスタジオ生ライヴをする、という事であった。
実は、フルカ・ロワは、二〇一七年頃から、パピィーが出演するフェスや単発のライヴに、時々サポートに入り、ギターを演奏していたのである。例えば、二〇二一年の初めには、「仮に、あのアーティストが、自分の部活の先輩で、大会前の激励に学校に来て応援歌を歌ってくれたとしたら……」というコンセプトの配信動画企画、『後輩にイェールを』において、パピィーが〈OG〉として歌唱した時には、ロワはバックでギターを演奏したのだった。ちなみに、この出演に関するものが、ロワの〈固定ツイート〉になっている。
「え、えっ、〈パピィーたん〉が出る番組をリツっているってことは、も、もしかしたら、フルカワさん、『サッパリ』で、パピィーたんのバックでギターを弾くのかもしれない。
演奏でっしょ、でっしょ。
そうじゃなきゃ、パピィーたんの番組出演のツイートをリツんないよね。
そ、そうとなったら、もう寝ている場合なんかじゃないわ。
あ、あああぁぁぁ~~~ん。ど、どうしよう。〈九時半〉頃ってアナウンスされていたから、もう、始まるまで一時間もないじゃない。
昨晩、何かにとり憑かれて深酒して、そのまま寝ちゃったんで、お風呂にも入っていない。このままのアタシじゃ、フルカワさんがスタジオ・ライヴに出演するっていうのに、TVの前に居ることなんてできやしないわっ!
じっくりお風呂に浸かりたいけど、そんな時間はないし、とりま、シャワーを浴びよう。
きっちりとお化粧をする時間が足りないよ。
メイクもせずに、フルカワさんの前に出られないよおおお~~~。髪をセットする時間もないじゃない。
もう、どうしたらいいのっ!」
シャワーを浴び、最低限のメイクを突貫工事のようにしながら、じゅ姐さんは独り言ち続けていた。
「もう、ロワったら、リツってくれるのは嬉しいんだけれど、呟くなら、リツじゃなくて、自分でツイートして。そして、もっと早く呟いてよ。こっちにも準備ってものがあるんだからさ」
そう不平不満を言いながらも、大急ぎで身支度を整えているじゅ姐さんの心は、とても弾んでいたのだった。
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