第28イヴェ じゅ姐さんと、新潟の飯と酒

 翼葵の全国ツアーの北海道・新潟公演は、〈翼組〉のギタリスト〈フルカ・ロワ〉不在のまま行われた。


 ロワおしの〈じゅ姐さん〉は、関東から北海道への移動は飛行機を、北海道から新潟への移動は船を利用したのだが、新潟から仙台への移動は、〈青春十八きっぷ〉を使うことにしたのだった。


 飛行機以外の方法で、新潟から仙台へ移動をする場合、直行の特急列車がないので、いったん、新潟から東京本面に向かう特急〈とき〉を利用し、だいたい一時間かけて、一万円超の交通費を払って、埼玉県の大宮まで戻ってから、大宮で〈東北新幹線〉に乗り換えて、それから、約一時間・約一万千円を支払って仙台に向かうことになる。

 列車に乗っている時間こそ、乗り換えの待ち時間こみで、四時間ほどで移動できるのだが、特急料金を二度支払うことになるので、結果的に、乗車料は合計で二万円を超えてしまう。

 これに対して、鈍行列車で、新潟から仙台に移動する場合、待ち時間が少ない効率的な移動をしよう、と考えると、乗るべき列車の選択肢は限られてしまうのだが、その移動経路は次のようになる。


 まず、新潟から新発田経由で村上行きの〈羽越本線〉に乗り、坂町で米沢行きの〈米坂線〉に乗り換える。それから、米沢で山形行きの〈山形線〉に乗り換え、最後に、山形で仙台行きの〈仙山線〉に乗り換えれば、仙台に辿り着くことができるのだ。

 ただし、無計画なままこの経路を利用すると、場合によっては、乗り換えに二時間待ちという事もあり得る。とまれかくまれ、乗り継ぎがスムースにいった場合、新潟・仙台間は、乗り換えの時間込みで、約六時間で移動でき、しかも、〈青春18きっぷ〉の利用なので、料金は二四一〇円、すなわち、新潟から大宮経由の特急移動の約十分の一の費用で済んでしまうのだ。


 こうした、六時間の移動時間で、効率的に新潟・仙台間を移動するためには、〈十五時四十三分〉新潟発の列車の一択しかなかったので、じゅ姐さんは、それまでの間、可能な限り、新潟を満喫してやろう、と目論んだのだった。


 まずは、寿司だ。

 新潟駅から徒歩で二十分くらいの所に〈みなとのマルシェ・ピアBandai〉という、一つの敷地内に様々な飲食店が集まっているエリアがあり、その中に、〈弁慶〉という回転ずし屋が入っている。

 この寿司屋は、佐渡産の鮮度抜群の新鮮なネタで握る寿司を売りにしている評判の人気店で、かなり待つことになるとの噂であった。そこで、じゅ姐さんは、この回転ずし屋に開店凸(とつ)しようと考えて、開店時刻ぴったりの十時半に店に到着すべく、宿を後にした。

 予定通りに店に到着できたものの、開店前から既にかなりの人が並んでいたため、三十分近く待つことになった。だが、開店後だったので、冷房の効いた店内で待つことができた。

 待合席で、店内をざっと見回してみて気が付いたのは、翼葵の青いライヴTシャツを身に着けている客が相当数いたことであった。おそらく、昨日のライヴの後、新潟に泊まって、この日に弁慶で寿司を食べる、という発想だったのだろう。

 同じ演者を〈おし〉ている〈ヲタク馴染み〉は、たとえ知り合いではないとしても、考えることは似通ってしまうのかもしれない。

 そんなことを考えながら、SNSを弄っているうちに、瞬く間に待ち時間は過ぎ去り、じゅ姐さんの順番が呼び出された。

 店員に案内された席に向かうと、左隣の客の背中には「AOI」の文字と、ツアー開催地の一覧が書かれており、どうやら、エール・ヲタクの隣席になってしまうようだ。

 苦笑しながら着座したじゅ姐さんは、チラッと隣の客の顔を見て、思わず驚きの小さな叫びを上げてしまった。

「あれっ! 〈とっきぃ〉さんっ!」

 まったき偶然だったのだが、隣の客は知り合い、しかも、北海道・新潟間のフェリーでも一緒だった〈とっきぃ〉だったのだ。

 完全なる〈自然連番〉だ。

 ちなみに、偶然、隣合った席になることを、イヴェンター用語ではそう呼ぶのだが、かくの如く〈自然連番〉となった二人は、フェリーでの移動のことや、今回のツアーの雑感を語りながら、空いた皿を次々と積み重ねていった。


 じゅ姐さんは、この後も、飲食店を〈回す〉予定があったので、腹八分目に留めておいたのだが、とっきぃの喰いっぷりは凄まじく、二十皿以上をぺろっと平らげてしまっていた。

 佐渡産の寿司ネタの中でも、じゅ姐さんの印象では、特にノドグロが美味しく思えたので、いつか機会があったら、新潟よりもさらに鮮度が上の、本場の佐渡島でも食してみたいと思った。

 

 この後、新潟市内で七福神巡りをするとっきぃと、ピア万代前のバス停で別れたじゅ姐さんは、〈ウォーキング・クエスト〉をしながら、〈万代シテイバスセンター〉に向かった。

 ここで次に食するのは〈カレー〉だ。

 このバスセンターには、〈万代そば〉という立ち食いそば屋があるのだが、ここで食することができるカレーが、〈バスセンターのカレー〉として、新潟の名物になっている。

 少し前に寿司を口にしたばかりだったので、じゅ姐さんは、ミニサイズを注文した。

 じゅ姐さんの印象は、「このカレー、なんか黄色い」であった。

 ミニサイズとはいえども、寿司から然して間を置かずの二食目だったのだが、なんとかカレーを完食し、関東の知人へのお土産として、レトルトのカレーを購入してから、バスセンターを後にし、じゅ姐さんは新潟駅に向かった。


 次は、日本酒だ。

 新潟駅の駅ビルである〈CoCoLo新潟〉の西館内に〈ぽんしゅ館〉という施設があるのだが、そこでは、新潟産の日本酒の利き酒ができる。

 五百円を支払うと、お猪口一つと五枚のコインが渡され、コイン一枚で一種類の利き酒ができるという仕組みだ。

 じゅ姐さんは、ぽんしゅ館で、様々な種類の新潟産の日本酒をお猪口で十五杯ほど飲んだ。

 やっぱ、米所の日本酒は違うわね、と思いながら、じゅ姐さんは、ふわふわしたほろ酔い気分でぽんしゅ館を出た。


 そして最後に新潟で食したのは蕎麦で、 同じ〈CoCoLo新潟〉に入っている〈越後長岡小嶋屋〉で、新潟名産の〈へぎそば〉を食べた。


 それから列車に乗る前に、駅ビルの売店で、移動中のお供として、〈お米チップス〉を大量に買い込み、かくの如く、ロワ不在のライヴの代替であるかのように、新潟の食文化を満喫し切ったじゅ姐さんは、予定通り、午後三時半過ぎの列車に乗って新潟駅を発ったのだった。

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