第23イヴェ こんな嬉しいことはあらへん。分かってくれるよね? アオイちゃんにはいつでも〈愛〉に往けるんやから

 今回の〈夏兄〉も、残すは〈大トリ〉を務める演者の登場を待つばかりとなった。


 そして――

 最終演者の名がステージ脇の大型スクリーンに映し出されたのである。


 「THE FINAL・ARTIST PHOENIX 翼葵」


 粋な演出やな。


 最終日の最終演者である〈大トリ〉を〈大鳥〉という漢字で表わす人もいるが、〈オオトリ〉という音には〈鳳〉という漢字を当てる事もできる。

 鳳とは、中国神話に登場する伝説上の鳥で、この霊鳥は〈鳳凰(ホウオウ)〉のことであり、鳳凰とは、欧米では〈東洋のフェニックス〉ともみなされている幻獣である。

 つまり、二年ぶりの〈夏兄〉の〈鳳〉は、活動休止という二年の沈黙の後に、〈不死鳥〉の如く復帰したアオイちゃん以外に適任はおらず、「PHOENIX」という修飾語は、この事の表現に違いない、とグッさんは直感したのだった。


 アーティスト名が映し出された直後、薄青いライトで照らし出されたステージの床が静かに開き、台がゆっくりと昇ってきて、マイクを握った右手を高々と垂直に突き上げた翼葵がステージに登場した。

 これを目にしたスギヤマは、『ファースト・ガンダム』の最終回で、ビームライフルを真上に発射した頭部を失ったガンダムみたいやな、とつい思ってしまった。


 やがて、翼葵を乗せた台が昇り切り、一瞬の無音の後、いきなり、エールの歌い出しから曲が始まった。

 一曲目に来たのは、現在進行形で行われている夏の全国ツアーでもオープニングの曲となっている「Be@T」である。


(〈夏兄〉のアオイちゃんの鳳、昂まってくで)

 登場から曲が始まるまでの間、早鐘のように、速く脈打っていたグッさんの胸の鼓動は、エールの声が耳に届いた瞬間、さらに数段、跳ね上がったのだった。

(よっしゃ、鳴らすで、ワシの鼓動おおおぉぉぉ〜〜〜)


 オープニング・ソングの「Be@T」によって、会場の温度は一気に数度高くなったように思われた。

 会場を十分に熱くした所で、次の二曲目に来たのが、この夏のツアー・タイトルにもなっている、最新シングル「AveK」であった。


 かくの如く、最初の二曲には、今回のツアーでも歌っている曲が来た。

 今、ツアーの真っ最中だし、今回の〈夏兄〉のセトリは、今現在、歌い込んでいるツアー曲で構成するのでは、とグッさんは思っていたのだが……。


 なんと三曲目には、「煌めく夜空の下で見る星の夢」が来たのだ。

 あれっ? 「星ユメ」って、たしか、ツアーのセトリには入ってなかったよな。

 前日、スギヤマと楠広場で一緒になった時に、「〈夏兄〉では、ツアーで歌っていない曲が来いひんかな」と語っていたのだが、そのグッさんの願いはここに叶ったのだ。

「言霊ってあるんかな? 口に出したことが、ホンマ、実現しとるわ」

 もうこの時点で、グッさんの隠してた感情は、歓喜で叫びを上げ始めていたのだった。


 そして、三曲目の「星ユメ」の後のMCで、翼葵はこんなことを語ったのだった。


「今は、さ、声が出せないとか、激し過ぎる動きは控えてとか、これまでのライヴでは〈普通〉だった色んなことが制限されてしまっているけれど、でもさ、でもさ、でもさ、あとちょっとだと思うんだ。思いっきり声を出したり、思いっきりジャンプしたり、全力で頭ふったり、さ。あと少し、あと少しだけ、頑張ってゆこう。みんにゃ」


 「肝心なところで、ちょっとカンでしまうのが、いかにも、アオイちゃんらしいわ。でも、やっぱ、アオイちゃんやな。アオイちゃんは、ホンマ、歌もMCもさいこうやし、言うことが一味違うわ」

 と、グッサンは、隣にいるスギヤマの右の耳に囁いていた。

 そんな、翼葵のツアーTを着ていて、エール・ヲタクであることが明らかなグッさんの背後で、若いヲタクが、苦笑を漏らしながら、聞こえよがしに、「肝心なところで、カンじゃうエール、マジ、クサだわ」って話している声がスギヤマの左耳に届いてきた。

 そのピンチケが空気を読めず、エールさんを軽くディスったので、グッさんがキレるかも、とスギヤマは内心ヒヤヒヤしていたのだが、続けてグッさんがこう付け加えてきたので、ホッとしたのだった。

「まったく、〈在宅〉は何も分かっとらへんな、こおゆうとこがエエんやで」

 スギヤマは、思わず大きく頷いてしまったのだった。


「もう、アタシ、なんで、こおゆう、ちょっと良い事を言う時に限って、カンじゃうのかな。ほんと、もうヤダアアアァァァ~~~」

 とエールさんは、自省していた。

「うん、よし、気を取り直して、ラスト一曲、全力で楽しんでゆきまっしょう。聴いてください。『ナガレボシ』」


 MCの後に歌唱された、〈鳳〉最後の一曲は、二〇一八年の活動再開後に最初にリリースされたシングル「ナガレボシ」であった。


 その「ナガレボシ」の歌詞の中には、「夜空を切り裂くナガレボシが、闇に覆われた大地を照らし出すその日まで、誇り高く生きてゆこう。その誓いを胸に」というフレーズがあるのだが、これが、いつも以上にグッさんの胸に〈ササッて〉きたのであった。


 そして――

 翼葵の圧巻のパフォーマンスの後、三日目の演者全員で歌い上げたテーマ曲の「色」をもってして、第十六回目の〈夏兄〉は終演を迎えたのであった。


 今回の〈夏兄〉では、ブロックごとに規制退場をすることになっているのだが、ステージに最も近いAブロックは、配置的に最後の退場となる。

「Aブロックは、え〜ブロックなんやけど、退場ん時だけは、なかなか出れへんし、最悪ですよね〜〜〜、ねえ、グッさん」

「……」

 こうスギヤマが声を掛けてみても、グッさんからの反応が全く返ってこない。

 見ると、グッさんは、組み合わせた両手を額に当てて、俯いたままでいたのである。


「どうしはりました? グッさん、足でも、痛めは……?」

 スギヤマは、明るく尋ねてみようとしたのだが、その軽口を途中で止めざるを得なくなってしまった。

 グッさんの両肩が小刻みに震え続けていたのだ。

「ちゃ、ちゃうねん。嬉しいねん。

 な、〈夏兄〉の、お、鳳を、あ、アオイちゃんが、よ、五年前のことを、か、考えると……。こ、こんな光景を観ることができるなんて、し、信じられへんねん」


 うちゅうのスギヤマは思った。


 わいは、一生、この光景を忘れられへんだろう。わいらのリーダー、グッさんが泣いているぜ……。






「グッさん、あれを見たか? 俺は一生、この光景を忘れられないだろう」(〈夏兄〉のグッさんの章) 〈了〉

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