第22イヴェ 震えるぞソウル
ナツアニ・メロメロライヴ、通称、〈夏兄〉三日目の残りは、今、歌唱している演者を除いて、残り三組となっていた。
現在、パフォーマンスをしているのは、〈間文(はざま・あや)と〈小暮結衣(こぐれ・ゆい)〉という二人の女性声優によって、この日のためだけに結成された〈夏兄〉限定のユニット〈あや&ゆい〉であった。
歌っているのは、幼児向けのアニメ『ぴょこぴょこ公次郎』の主題歌「どこどこ? 公次郎のお歌」で、その曲の途中で、文と結衣の二人は、ステージの両脇に置かれていたゴンドラにそれぞれ乗り込み、その左右に分かれたゴンドラがアリーナの外周を移動し始めると、ほとんどの観客の視線は、スタンドに沿ってゆっくりと動いてゆくゴンドラの方に注がれていた。
一方、グっさんはというと、ゴンドラには目もくれず、Aブロック、すなわち、最前エリアに隣接しているメイン・ステージの方に身体を向けたままでいた。
照明が落とされ、アーティストが不在となったメイン・ステージでは、暗がりの中、スタッフたちが超突貫で楽器のセッティングをしている様子が認められた。
そして――
スタッフによって人力で引っ張られていた、文と結衣を乗せた二つのゴンドラのうちの片方、間文を乗せた方は、そのままアリーナ席の後方に消えていったのだが、小暮結衣を乗せた残りの一台は、アリーナの中部に設置されているセンター・ステージに合体し、独りになった結衣は、そのセンター・ステージにて、「Hi!5で手をタッチ」と「ルーヴェ」の二曲をかわゆく歌い上げたのだった。
やがて歌唱を終えた結衣は、ウルトラさいたまアリーナ内に響き渡る万雷の拍手と共にそのまま、センター・ステージの真ん中に空いた穴の下へと消えていったのだった。
その小暮結衣の消失とほとんど同時のことである。
「スギヤマちゃん、自分、もう緊張で耐えられへん。今のうちに、ちょっと席を外すわ。ステージの楽器の配置的に、次、アオイちゃんやないみたいやし」
そうスギヤマに声を掛けたグッさんは、小走りでAブロックの指定座席から離れて行ってしまったのだった。
独り残されてしまったスギヤマが、〈ゆいニャン〉がいなくなったセンター・ステージから、メイン・ステージ脇の大型モニターの方に視線を戻すと、残り三組目のアーティストとして映し出されていたのは〈黒薔薇乙女〉、ファンの間では〈クロバ〉と呼ばれているガールズ・バンドであった。
クロバは、二日目にセミ・ファイナルを務めた〈ぴぽぱ〉と同じ、ガールズ・バンドを題材にしたアニメから生まれた〈リアル・バンド〉、いわゆる、二.五次元のバンドである。
そのメンバー全員は、紫がかった黒い衣装で身を纏っており、奏でる音楽によって、〈ゴチック〉な世界観の表現を目指している。
ゴチックとは、色ならば黒、その空気感は冷、時間なら黄昏時や真夜中、空間なら中世欧州の古城や廃墟、その古めかしさや荒れ果てた様子、すなわち、頽廃や耽美といった概念、つまりは、そうした〈ダーク〉かつ〈クール〉なイメージを、クロバは音楽によって表象しようとしており、現在、アニソン界隈では人気に火が点き始めている注目のバンドの一つである。
その〈黒薔薇乙女〉のパフォーマンスが終わった直後に、気持ちが落ち着いたのか、グッさんは駆け足でAブロックに戻ってきた。
「グッさん、一体どこに行ってはったんですか? クロバ、ちょう盛り上がりましたよ」
「そうやろな。クロバで席はなれとる客、他にい~ひんかったし、トイレ、ガラガラやったわ。おかげで、万全の状態で、ラスト二組に臨めるわ」
やがて、〈夏兄〉三日目のセミ・ファイナリストとして、ステージ脇の巨大スクリーンに映し出されたアーティスト名は――
〈アニキ〉と呼ばれている大物アーティスト、〈東山教隆(ひがしやま・のりたか)〉であった。
アニキは、数多くのアニメソングを担当してもいるのだが、毎年秋に関西で行われている大型ロック・フェスを自ら主催している程のビック・ネームで、〈夏兄〉の三日目にアニキが出演する事が明かされたとき、アニキこそが、〈夏兄〉の大トリを務めるのではなかろうか、という意見が大多数を占めていた。
しかし、である。セミ・ファイナルにアニキが来たということは……。
これで、大トリは翼葵で確定だっ!
スギヤマの右隣で、グッさんがガッツポーズをしていた。
グッさんは、アニキの楽曲も大いに好んでいるので、アニキのパフォーマンス中、音楽にノッてはいたものの、それでもやはり、〈ココロココニアラズ〉といったフワフワとした感じになっているようにスギヤマには思えてしまった。
まあ、シャーないかな。
今回で十六回目を数える〈夏兄〉の歴史の中で、大トリを務めたのは、数多存在するアニソン・アーティストのなかでも、わずか、十五組しか存在していないのだ。
そこに、第十六代目の〈大トリ〉として、アニメ・ミュージック史に、翼葵の名が刻まれんとしているのである。
エールさんを〈最推〉にしているヲタクならば、この歴史的瞬間を前にして、歓喜に魂が震えずにはいられないだろうから。
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