グッさん、あれを見たか? 俺は一生、この光景を忘れられないだろう

第21イヴェ 翼の行方

 第十六回目となる二〇二一年の〈ナツアニ・メロメロライヴ〉、通称〈夏兄(ナツアニ)〉の三日目――

 シークレット・ゲストを除いて、予定されていた十六組の出演者のうち、前半戦で既に歌唱を終えたアーティストは七組、つまり、後半戦に残っているのは九組ということになる。


 後半戦が始まってから三組ほどの演者のパフォーマンスが終わって以降のことなのだが、スギヤマが隣の席に目をやると、グッさんが、演者のパフォーマンスが終わるごとに、タッチペンで、スマフォの画面に何やら書き込んでおり、繰り返されるその行為が気になったスギヤマは、演者間に、ついに意を決してグッさんに尋ねてみたのだった。


「グッさん、いったい、何しとるんですか? さっきから、ちょくちょく、スマフォを見ながら何か書いとりますけど、ライヴ中に急ぎの仕事でも入ったんですか?」

「いやいやいやいや、ちゃうねん。後半の残りの出演者のチェックをしとったんや。ここまで未だ出てきてへんアーティストは、〈ゆいニャン〉、〈クロバ〉、〈アニキ〉、〈アオイ〉ちゃんの、あと四組なんや。も、もしかしたら、アオイちゃん、トリかもしれへん。なんか、そう考えただけで、もう、緊張してきたわぁぁぁ~~~」

 そう言いながら、グっさんは、腹部を両手で押さえながら、身体を〈く〉の字型に曲げる仕草を見せたのだった。

 

 だから、なのか……。

 後半に入ってから、三日目の未出演のアーティストが次々に減ってゆくにつれて、グっさんの緊張がマシマシになっていったのは。

 そのようにグッさんが徐々に落ち着きを欠いてゆく様子は、左隣にいた、連番者のスギヤマには手に取るように分かったのだった。


 そうしたグッさんの様子を見ながら、D・Dであるスギヤマは思った。

 自分の場合、ホンマ、大体の演者さんが好きなんやけど、グッさんの場合は、最もおしている、〈最推〉がエールさんやから、あんな風になっちゃうのもシャーない話なのかもな。

 それにしても、〈夏兄〉でのエールさんは……。


 実は、である。


 翼葵こと、エールさんは、二〇十五年の〈夏兄〉に出演予定だったのだが、夏に体調を崩し、急遽、出演日当日の十二時に出演を取り止めた。

 続く翌年の二〇一六年は、八月の中盤、お盆の時期に、活動の一時的な休止が発表され、それにともなって、八月末の〈夏兄〉への出演もまた辞退した。

 つまり、エールさんは、二年連続、〈夏兄〉の出演をキャンセルしてしまったのだ。

 だから、もはや二度と〈夏兄〉への翼葵の出演はないのではなかろうか、とイヴェンターの中には考える者もいた。

 だがしかし、である。

 二〇一六年・秋の武道館でのライヴを最後に無期限活動休止し、その後の約二年の沈黙の後に活動を再開した二〇一八年、その年の〈夏兄〉では、なんと、〈夏兄〉初日に、シークレット・ゲストとしてオープニングで歌唱したのだ。

 そして、続く二〇一九年では、初日のトリを務めたのである。


 かくの如く、翼葵にとっての〈夏兄〉とは、様々な劇的状況が起こってきた時空間なのである。


 だから、〈夏兄〉における、翼葵の、こうしたドラマチック・チックな物語的展開を振り返ってみると、第十六回目の〈ナツアニ・メロメロライヴ〉の三日目の最終演者、すなわち、二年ぶりの〈夏兄〉の大トリを、翼葵が務める可能性は十分に高いように思われる。


「出演辞退は偶然のリアルな出来事かもしれへんけど、電撃復帰後の初日のシクレや、次の年の初日のトリは完全な演出やろ。そやからさぁ、自分が〈夏兄〉のプロデューサーの、佐東Pなら、アオイちゃんを、今回の大トリにするで。絶対そうするで」


 〈夏兄〉二日目が行われる日の朝、人気がいない〈楠(くすのき)広場〉で話した時、グッさんが、ニコヤカにそう語っていたことをスギヤマは思い出したのであった。

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