第20イヴェ グっさん曰く、とんだスギヤマやな:〈夏兄〉DAY3
「あれっ! まだ来とらへんの?」
〈夏兄〉の三日目、スギヤマと連番の予定であるグッさんが訝しんでいた。
二人の座席エリアは、アリーナのAブロックで、最前ブロックという最善エリアであった。
Aブロックは、十四時半から十四時五十分が入場指定時間帯だったのだが、会場近くのホテルで、ギリギリまでリモートワークをしていたグッさんが会場に入ったのは、開演まで三十分を切ってからであった。
スギヤマの会場入りが早いのは、仲間内では周知の事だったので、グッさんは、スギヤマは既に会場に入っているものとばかり思い込んでいたのだが、居るべき座席にスギヤマが不在であることに違和感を覚えた次第なのである。
そうこうしているうちに、時計の針は進んでゆき、開演まで残り十分にまで迫っていた。
「いくらなんでも、スギヤマちゃん、遅すぎやへんか。大丈夫なんか?」
グッさんが、スギヤマのことを本気で心配し始め、DMを打とうとしたちょうどその時、スギヤマの姿が視界に入った。
「スギヤマちゃん、エライ遅かっ……」
スギヤマは、右足を引きずりながら、他のブロックとAブロックを遮る柵を通り抜け、牛のようにゆっくりとグッさんの方に向かって来た。
「スギヤマちゃん、いったい、足、どないしたんや?」
「いっやあああぁぁぁ~~~、昨日、二日目のトリの〈クラウド〉で盛り上がり過ぎて、足、いわしてしまいましたわ。で、さっきまで医者行ってて、ここに来るまで、えろう時間かかってしまって、入場すんの、ついさっきになってしまいましたわ」
「で、診察の結果はどうやったん? 足、引き摺ってたけど、大丈夫なんか?」
「大丈夫やあらへんのです。実わ、右足ふくらはぎの肉離れで、全治三週間、お医者には、しばらくの間は絶対安静で、動いちゃダメって言われちゃいましたわ」
「じゃ、今日の、〈夏兄〉最終日は?」
「昨日の今日やし、二年ぶりの〈夏兄〉のラス日やけれど、今日はおとなしくしときますわ。さすがに今日ばっかりは」
「それは残念やな。ほな、足、大事にしぃ」
だがしかし、である。
いざ、〈夏兄〉の三日目が始まってみると――
スギヤマは、負傷した右足を庇いつつではあったのだが、左足だけでピョンピョンと跳びまくっていたのだ。
その様子を肉眼で視認したグッさんは、公演の中盤に差し挟まれた休憩の際に、スギヤマに尋ねたのだった。
「スギヤマちゃん、片足だけで器用に跳びまくっておったけど、ほんま、大丈夫なんか?」
「正直、右足痛いねんけど、曲が始まったら、なんか身体が自然に動いてしまうんで、シャーないんですわ」
「まるで、昔あった、音が鳴ったら動く花の玩具みたいやな」
「それって、サングラスかけとった花ですよね」
「それな」
「多分、たしか、〈フラワー・ロック〉って名前だったかと……」
「じゃ、今度、サングラス持ってくるわ。したら、スギヤマちゃん、もう完璧やね」
「グッさん、やめてくださいよ、もお~」
そんな会話を交わしている間に、影アナが入って、休憩時間の終わりが告げられた。
「よっしゃ、休憩も終わりやし、三日目の後半戦、リスタートやな。でも、スギヤマちゃんは、ホンマ、足、大事にせ〜よ」
「そうですね」
「まあゆうても、音楽が鳴ったら動いちゃう〈フラワー・ロック・スギヤマ〉ちゃんには無理やと思うけれど、あんま無理せんといてな」
「また、変なあだ名を付けはって。まあ、足、これ以上痛まんように、ぼちぼちいきますわ」
そう言ったにもかかわらず、〈ミスター・夏兄さま~〉は、音楽が鳴った瞬間に、フラワー・ロックのように動き回っていた。
グッさんは思った。
とんだ男やな、スギヤマちゃんは。
否――
さいたまで跳んだスギヤマか……。
って。
後日談だが、スギヤマの右足が完治したのは冬が始まってからだという。
スギヤマ曰く——
「だって、毎週〈現場〉があるから、治る暇あらへんかったんや」
「うちゅうのスギヤマの夏」(スギヤマの章) 〈了〉
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