第19イヴェ うちゅうの曰く、イヴェンター・ハイやねん:〈夏兄〉DAY2

「おっ、スギヤマはん、今日も、お早いどすなぁ」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 スコッチが開演三十分前に、〈USA〉のスタンド席の、いわゆる〈二百レヴェル〉に到着した時には既に、スギヤマは指定席に着座していた。

 そのスギヤマの頭には、ワイヤレスのヘッドセットが装着されており、スギヤマは、スマフォに向かって何やら懸命に話しかけていたのだった。そのためか、スコッチの挨拶に対して、スギヤマは全く反応を示さなかったのだ。


 やがて、ヘッドセットを耳からずらしたスギヤマが頭を上げ、スコッチに返事を返してきたのは、スコッチが最初に声を掛けてから、たっぷり一分後のことであった。


「おっ、スコさん、こんちゃ」

「こんにちわぁ。スギヤマはん、ところで、さっきは、スマフォに向かって、一分間も何をしてはったんですか?」

「声優さんとのオンライン・個別トーク会や」

「へっ!?」

 スコッチは、思わず目を丸くしてしまった。

「トーク会自体は、三時からスタートやったんだけど、予約できた枠が開演前の三時半からの一分間だったんや」

「……。スギヤマはん、また〈回し〉はったんですね。しかも、今回はヴァーチャルからリアルだなんて、ホンマ、〈D・D〉を極めはってますね。さすが、〈うちゅうの〉スギヤマはんやっ!」

「スコさん、よしてぇ〜、照れるわぁ〜」


 それから、スコッチが、自分とスギヤマの間の空席に目をやると、この日は前日とは打って変わって、椅子の上に置かれているTシャツは〇枚であった。


「あれっ! スギヤマはん、今日は〈うちゅうのスギヤマ七変化〉は為されませんの?」

「せえへんで」

「なんでです? 今日も、スギヤマはんが好きな演者さんたち、いっぱい出はるやないですか!?」

「いや、Tシャツを次々に替えてゆくんは、ステージの近くにおるから、オモロいんやでっ!」

「つまり、スタンドでは意味がないと?」

「その通りや。今日はアリーナやないしな」

「でも、スギヤマはん、今日はスタンド席で、いまいちテンション上がらなくないですか?」

「そんなことあらへんで。座席運は、文句ゆうても、シャーない話しや。わてらは、あるべき状況下で全力で楽しむだけや。で、今日は、最高の〈スタンド使い〉になるんやっ!」

「……。まったく、〈やれやれ〉だぜ」

 一秒ほど時間が止まったようになった後で、スコッチは、そう切り返したのだった。

 

 そして——

 〈夏兄〉の二日目も順調に進行してゆき、残すは、あと数組だけとなっていた。


「もうそろそろ、二日目もしまいやと思うんやけど、スコさん、演者って、あと誰が残っとる?」

「あとは、〈ぴぽぱ〉と〈クラウド〉だけやったと思いますわ」


 〈ぴぽぱ〉とは、アニメ発のガールズ・バンド、いわゆる二・五次元のユニットである。

 これに対して、〈クラウド〉とは、〈雲〉を意味する〈Cloud〉と、〈群衆〉を意味する〈Crowd〉とのダブル・ミーニングがその名の由来のグループで、雲のように自由に、そして、さまざまな才能を持ったヴォーカリストが群となって、〈ジャム〉の如く一つの瓶の中に詰め込まれているような状況を意味したいが故の名称なのだそうだ。


「スコさん、クラウドこそがワイの原点なんやでっ!」

「スギヤマはん、わてら、そろそろ付き合い長いし、知っとりますがな」


 クラウド、正式名称〈ジャパニメーション・ミュージック・クラウド・クリエーターズ〉は、力強さで溢れ返った〈ザッツ・日本のアニメ・ミュージック〉を自らの手で創造し、それを、魂を込めて歌い上げるために、八十年代・九十年代に、アニメや特撮のテーマソングを歌ってきたシンガー達によって結成されたグループである。


 一九九〇年代、テレビアニメのテーマソングは、いわゆる、Jポップの販売促進の一つとして利用される頻度が増し、アニメのためのアニメ・ソングという側面が弱まる傾向にあった。これに反旗を翻し、アニメ・ミュージックをアニメの元に戻そう、というコンセプトの下、二〇〇〇年に立ち上げられたのが、クラウドなのである。


 かつて、とあるヲタクが、D・Dであるスギヤマに、「結局、スギヤマさんの〈推し〉って誰なんですか?」と尋ねたことがあった。

 その時、スギヤマは、間髪入れず〈フカミ〉やな」と応えたという。

 その「フカミ」こと、〈深井浩美(ふかい・ひろみ)〉こそが、五名から成る、クラウドの現在のレギュラーメンバーにおける唯一の女性ヴォーカリストなのである。


 ついに——

 〈夏兄〉二日目も最後の演者を迎え、〈トリ〉を務めることになったのは、スギヤマの期待通りに、クラウドであった。


 二〇二一年にシリーズ誕生三十周年を迎えた『ウルトラ・メカニック・バトル』、通称、『ウルメカ』というゲーム・シリーズがある。

 『ウルメカ』とは、一九七〇年代から現在に至るまでのアニメに登場するロボットやキャラクターを一つの物語の中に登場させているゲームである。

 スギヤマも、その『ウルメカ』の愛好者なのだが、クラウドがステージ登場後に歌唱した最初の曲は、『ウルメカ』の最近のテーマ曲である「獅子の尾を踏め」であった。

 この曲は、二〇一九年の一月にお披露目され、二〇二〇年にリリースされたのだが、二〇二〇年に発生した感染症のせいで、未だ数回しか生で歌われてはいなかった。だから、いきなり、この「獅子尾」がきたため、スギヤマのヴォルテージは一気に爆上がりしてしまったのだった。


 スギヤマは、大きく身体を横揺れさせたりジャンプを繰り返したり、発声以外の全てで、能う限りこの曲にノリまくっていた。


 その一曲目の後、スギヤマは軽く息をついたのだが、続く二曲目と三曲目には、漫画原作のヒーローアニメ『一撃必殺男』のテーマ曲、「沈黙の十二使徒」と「英雄」という爆上げ曲が、再び来てしまった。

 特に「英雄」は、歌詞の中に作品タイトルや歌のタイトルが、歌い手によって高らかに叫び上げられる箇所がある。

 そうしたタイトルの絶叫こそが、ど直球のアニメ・ソングの真骨頂であり、これが歌われると、古きアニソン・ファンのテンションは一気に数段階あがってしまうのだ。


 横にいるスギヤマも叫びたがっているようにスコッチには見えたのだが、叫べない分、スギヤマは、高く高く拳を何度も何度も全力で突き上げ続けていた。


 『夏兄』では、基本、一人の演者が二曲ずつ歌い継いでゆくのだが、トリを務めるクラウドは、どうやら、あと一曲歌うようだ。

 その四曲目には、やはり、というか、クラウドの代名詞ともいえる曲で、『ウルメカ』の代表曲でもある「WAZA」がきた。


「やっぱ、最後は、『WAZA』で締めにゃ、クラウドのライヴは締まらんで」

 こうスギヤマは小声で呟いていた。


 そして、この最後の一曲のパフォーマンスの際に、フロントで歌う五人のクラウドのバックに、二日目の出演者たちが出てきて、「WAZA」を一緒に歌唱したのだ。

 「WAZA」の歌詞の中には、「モッア、モッア」と、演者と観客が一緒になって叫ぶ箇所がある、だが、現状、その絶叫パートを、声が出せない観客が唱和するわけにはいかない。だからなのか、バックの〈夏兄・オールスターズ〉が、観客の代わりに、叫んでくれているようにスギヤマには思えた。


 『夏兄』二日目、トリのクラウドの出演前に、十七組の演者によって四十もの曲が歌唱されてきた。

 スギヤマは、身体を〈∞〉に揺する〈スギヤマ・デンプシー〉や、ジャンプなどを、およそ五時間に渡って繰り返し続けてきた。おそらくは、スギヤマは体力のピークを迎えているはずなのだが、トリのクラウドのパフォーマンスの際に、スギヤマが見せている動きは、今日で一番キレッキレであるように、スコッチには思えた。

 こう言ってよければ、ランナーズ・ハイに至ったランナーのように、スギヤマは〈イヴェンターズ・ハイ〉の状態にあり、ドバドバっと分泌した脳内物質が、スギヤマに疲労を忘れさせているかのようであった。


 そして――

 クラウドが絶唱した「WAZA」をもってして、四十四曲に渡る〈夏兄〉二日目の本編ステージは終わりを迎えたのであった。

 最後は、初日同様に、二日目の出演者全員による、今回の〈夏兄〉のテーマソングの歌唱を残すのみである。


 その本編最後の四十四曲目と、エクストラの四十五曲目の合間に、さすがのスギヤマも疲労を覚えたのか、椅子にへたり込んでしまっていた。


「そりゃあ、疲れますわな。あんだけ休みなく動いておったら」

 だが――

 ラストの「色」が歌いだされても、スギヤマは立ち上がる気配を見せなかったのである。


 ライブにおいては〈不着座〉をモットウにしていて、強制着座以外の〈現場〉では、スタンディングの姿勢を貫き通すスギヤマが座っているなんて、おかしい。そう訝しんだスコッチは、椅子から立ち上がらないスギヤマに声を掛けた。

「どうなさりはりました? スギヤマはん?」

「あ、足が痛いんや」

「えっ! いつからですか?」

「クラウドの一曲目の途中からやっ!」

「でも、クラウドの歌唱中、ずっとジャンプしてはったやないですかっ!」

「曲の間はイタなかったんや。多分、あれや、アドレナリンとかいうやつや。それのお陰やっ!」


 スコッチは思った。

 ここは階段状のスタンド席で、段差になっておるから、ジャンプの着地の時にミスったのかもしれへん。

「スギヤマはん、足でもぐにゃらせはりましたか?」

「ちゃうねん」

「『ちゃう』って?」

「足首やないねん。右足のふくらはぎが猛烈に痛くて、なんか、立ち上がれないねん。朝、〈くすのき〉で準備運動をしたのに……。いった……」


 かくして、スギヤマは、〈夏兄〉二日目にして、右足を負傷してしまったのだった。

 〈夏兄〉は、未だ一日残されているというのに……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る