第14イヴェ ヨッポー、セトリを語る —「氷眼」から「メモワール」まで
その日の京都は曇天で、雨が降り出すのも時間の問題のように思われた。
待ち合わせまではもってくれ、と念じていたヨッポーの願いは天には通じず、宿をチェックアウトしてすぐに、分厚く濃い灰色の雲に穴が穿たれたかのように、雨滴が漏れ落ち始めたかと思ったら、加速度的に雨足が強まってゆき、小雨なら傘なしで凌ごうと思っていたヨッポーは、慌ててコンビニでビニール傘を買ったのだった。
ビニールを激しく打ち付ける雨音を聞きながら、左手に傘の取っ手、右手にスマフォを握ったヨッポーは、ディバックを前抱えしながら、十秒置きにスコッチからの連絡を確認していた。
スコッチとの待ち合わせ場所は、京都市役所前を走る〈御池通り〉が〈河原町通り〉と交差する、その少し手前、市役所とは反対側の〈本能寺ホテル〉の付近で、京都に不慣れなヨッポーでも、すぐに場所を確認することができた。
渋滞のせいで五分ほど遅れて、スコッチの愛車が待ち合わせ場所に到着した。
かくして、助手席に滑り込んだヨッポーを乗せた、黒いマツダ・ランティスは〈河原町御池〉を左折し、高松に向かって出発したのだった。
一時間半ほど走行した後で、〈阪神高速道路3号神戸線〉上の〈京橋パーキングエリア〉の三階で休憩を入れた。スコッチによると、ここから高速道路を利用して、淡路島を経由し、四国に入るとのことであった。
道中、スコッチは、今日のライヴの予習として、エールさんの楽曲をセットリスト順に流していた。そのため、話題は自然と今回のツアーの話になった。
「スコさん、二曲目の『Je vais...』って、フランス語で、英語の〈I will〉に相当するらしいんですけれど、あの曲って、メガヒットアニメのエンディングだったじゃないですか」
「そうですなぁ」
「あの、アニメのエンディングの映像って、始まりのイントロのピアノの調べが流れている時の背景が、夜の海で、夜空に浮かぶ〈月〉が実に印象的なんですよ。だからなのか、自分にとっては、『Je vais...』って〈月〉のイメージなんですよね」
「なるほどぉ。〈月〉って話から言うと、次の三曲目の『氷眼』なんて、まさしく、歌詞の中に〈揺れている月明かり〉と〈大地を照らす蒼き月〉っていうフレーズとかあるし、『氷眼』も〈月〉というか〈蒼い月〉のイメージですなぁ」
「この曲、スコさんの推曲ですもんね」
「そうなんですよぉ」
「そして、自分の推曲の三曲目の『Midnight Follows the Moon 』、『M・F・M』なんてタイトルからして既に、〈月〉って単語が入っていますし、歌い出しも〈夜に浮かんだ光る月〉で、これって、二曲目の『Je vais...』の例の夜空のエンディング・シーンを連想させるんですよね。そして、二番の出だしの〈夜を照らした紅い月〉ってフレーズなんて、思うに、『氷眼』の〈蒼い月〉との対比になっているんじゃないか、と」
「なるほどなぁ」
「セットリストって、曲が最初に発表された時や、アルバムに入っている時の順番じゃなくって、ツアーごとに並べ換えられるじゃないですか」
「そうですなぁ」
「これって、例えば、『Je vais...』『氷眼』『Midnight Follows the Moon 』って並べることによって、化学反応が起こって、一曲だけではなく、通して聴く事によって初めて生まれる意味ってゆうか、強いイメージってものがあるんじゃないかって思うんですよ」
「ほう、それが、今回のエールさんのツアーの最初のゾーンでは〈月〉だと」
「と考えています」
ドリンク・フォルダーから引き抜いたペットボトルの水を一口飲み、ヨッポーは続けた。
「四曲目の『夜空に煌めく月の欠片』ってもう、〈月〉がモチーフの曲の典型ですよね。
あの曲名って、鮮やかな瑠璃色の天然石、〈ラピスラズリ〉のことを表わしていると思うんですよっ!」
ヨッポーは次第次第に興奮して、声のヴォリュームが上がっていたのだが、公共の交通機関ではないので、前日の阪急電車の車内とは違って、スコッチは,ヨッポーをそのまま放置しておいた。
「そうなん? で、なんで、その蒼い宝石が『ヨルカケ』と重なるの?」
「えっと……ですね。
自分が調べたところによると、ラピスラズリの色調は深く濃い青で、その濃紺の上に、白い模様や金色の斑点が散りばめられていて、まるで、夜空に浮かぶ白い雲や金色の星みたいになっているらしいんですよ。
だからなのか、古代ローマの博物学者である〈プリニウス〉は、そのラピスラズリのことを、『星の煌めく天空の破片』って表わしたそうなのです。つまり、ラピスラズリって夜空の一部なんですね。
この『星の煌めく天空の破片』という表現と『夜空に煌めく月の欠片』って曲のタイトルを並べ比べてみると、『ヨルカケ』のタイトルって、プリニウスの表現をもじったものであるように思えてくるのですよ」
「ヨッポーはん、ようそこまで、ねっちり調べはりましたな」
「ははは。ですね。
そして、です。
〈ラピスラズリ〉のことを頭の片隅に置きながら、『ヨルカケ』のミュージック・ビデオ(MV)を観ると、その最初のシーン、たしか途中にもあったかな、いずれにせよ、画面の半分を埋め尽くすような大きな蒼月が背景になっていて、それをバックにしての〈夜空を舞う蒼き満月)って歌い出し、ものすごくエモく感じられるのです」
「わても、タイトルや曲やMVで、〈月〉のイメージはありましたが、でも、〈ラピ…………〉、なんでしたっけ? そのラピなんとかって瑠璃色の宝石にまでは考えが至りませんでしたわ」
「種明かしをするとですね。
この曲って、古代ペルシアをモデルにした架空歴史物語の一期のエンディングだったじゃないですか」
「あの戦記もの、わても観てましたよ」
「それで、自分、古代ペルシアについても調べてみようと思って、予備校時代の友達で歴史に詳しい奴に色々話を訊いてみたところ、池袋のサンシャインに入っている〈古代オリエント博物館〉を教えてもらって、そこに行ってきたんです」
「そんな事までしはったんですね」
「ええ。
それで、その博物館の展示の中に、ラピスラズリのネックレスが置かれていて、それを観ていて思ったのは、そのラピスラズリの装飾品が、曲のMVでエールさんが身に着けていたネックレスと似ているって。
さらに、ネックレス脇の説明文を読んでみたら、古代ペルシアの東の国境、今のアフガニスタンに、ラピスラズリの鉱山があったらしいんですよ。それでピンときて、ラピスラズリについて調べてみたら、さっきの古代ローマの博物学者の『星の煌めく天空の破片』にたどり着いて、『ヨルカケ』のタイトルに似ているって話に繋がる次第なのです」
「なんか、〈風が吹いたら桶屋が儲かる〉みたいな連想の連続どすなぁ。
それにしても、ヨッポーはんって、知識・情報系のヲタクなんですなぁ」
「たしかに。一回気になっちゃうと、結構調べまくっちゃう方ですね」
「ははは」
「話をセトリに戻すと、次の『メモワール』なんですが、この曲のタイトルはフランス語で、英語の〈メモリー〉やイタリア語の〈メモリア〉に相当するらしいんです。
で、曲を単独で聴いていた時には、さして〈月〉のイメージはなくって、で、改めて、歌詞カードを見たり、MVを観てみても、やっぱりまったく月は出てこないんですよ」
「たしかに、曲のイメージは、白と雪ですわなぁ」
「ですよね〜。
でも、ライヴで、一連の月曲の後に『メモワール』が置かれると、白い雪に覆われた大地を蒼き月明かりが照らし出している、みたいな情景が思い浮かんじゃうんですよね。
これって、月に自分の思考が引っ張られちゃったんでしょうかね?」
「あっ、それ、あれですよ。『メモワール』がテーマ曲になっているアニメのエンディングの画像の中に、たしか、夜空に浮かぶ蒼月の下、湖を見つめる騎士のカットがあったんですよぉ」
「なるほど、エールさんが曲を担当したアニメは後から全部観るには観たのですが。そのカットは思い出せず、それは気付きませんでした」
「でも、ヨッポーはん、もしかしたら、そのカットを目にしたメモリーが深層意識に残っていたのかもしれまへんな」
「これは、自分の勝手な印象なのですが、今回のツアーのセトリの二曲目から五曲目までって、〈夜空〉や〈月〉がテーマになっているように感じられるんですよね」
「なるほど、ヨッポーはん、色々考えはってるんですな」
ヨッポーがセトリについて熱く語っている間に、〈ブラック・ランティス号〉は、淡路島と四国を繋ぐ大橋を渡り終えた。
この日、悪天候のため、大橋は白く濃い霧に包まれていた。
それが、まるで四国を覆う〈結界〉のように二人には思えた。
だが、黒き流星のように四国の結界を突き破ったヲタク〈二人同行〉の、高松までの行程は、残すところ、あと一時間ほどとなったのだった。
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