第13イヴェ うちゅうの曰く、だって〈回せ〉んねん
臙脂(えんじ)色の阪急電車に乗っていた、スギヤマとスコッチ、そしてヨッポーは、JRの大阪駅で乗り換えるスギヤマと一緒に、阪急神戸本線の終点の大阪梅田まで行った。それから、スコッチとヨッポーは、京都方面に向かうべく、阪急京都本線に乗り換えたのだった。
大阪梅田から京都河原町までは特急で約四十分、この移動の間、二人は共に一番〈おし〉ているのがエールさんということもあって、自分たちの〈最推し〉について語り合った。
「わては、今回のツアーだと、三曲目の『氷眼』が好きなんですわ。この曲は、CDデビューの半年前に、雑誌『ヒアアニ!』でプレ・デビューしたエールさんを知った思い出の一曲なんですわ」
と、スコッチが彼の〈推曲〉とエールさんとの出会いを語った。
「なるほど、スコさんは『氷眼』なんですね。ライヴでは、あの曲のオチサビ後のジャンプポイントで跳びたかったですね」
「ホンマやわ」
残念ながら、今回のツアーではジャンプは禁止だったのだ。
「自分の推曲は、四曲目の『M・F・F』ですね」
『ミッドナイト・フォローズ・ザ・ムーン』でっか。わて、サビの歌詞の『気づい〈て〉よ』って箇所が、最後に『気づい〈た〉よ』って変わるトコが好きなんですわ」
「さすが、スコさん、〈分かり手〉ですね。
自分、かつては全くアニメを観ていなくて、夜中たまたまテレビから流れてきたこの曲でエールさんを知って、そのすぐ後のリリイヴェで握手をして、はまっちゃった感じっす」
「あのリリイヴェなら、わても行ってましたよ」
「本当ですか?」
「ホンマですよ。ヨッポーさんとは、あの時、自然エンカしてたかもしれまへんね」
かくの如く、エールさんのどの曲が好きか、いつからエールさんをどんなキッカケで〈おし〉始めたかなどを話していたのだが、やがて、ツアーは他に何処に往くか、という話の流れになって、翌日、京都から高松に向かうスコッチの自動車に、ヨッポーは便乗させてもらうことになったのだった。
「どうせ自分独りやったし、席空いているし、何人でも同じなので、かまへんよ。運転中の話し相手も欲しいしな」
自動車では、明石大橋から四国に入って、徳島から高松に向かって、大体三時間から四時間くらいの道程らしい。
これに対して、鈍行列車の場合、岡山から瀬戸大橋を渡って高松に向かうルートになるのだが、所要時間は自動車での移動とほぼ同じくらいの約四時間である。
移動時間は変わらないのだが、旅は道連れで、そして出会いは巡り合わせだ。今回、自分が京都に連泊することにし、一緒に阪急に乗らなければ、こういった話も浮上しなかったわけだから、ここは、この偶然を受け入れ、御言葉に甘えることにしたヨッポーであった。
ヨッポーの宿泊地が、新京極の周辺ということもあって、待ち合わせは、スコッチの指摘によって、京都市役所前に十時ということになった。
その高松行きの話が終わったあたりで、話題は、大阪から東京、東京から神戸、大阪から東京、さらには東京からの戻りと、四日で大阪・東京間を二往復する、先ほど梅田で分かれたばかりの〈スギヤマ〉の話に移った。
スギヤマは、感染症拡大の前年までは、年二百本以上ものイヴェントに参加していたらしい。
そして、その三分の二以上が〈遠征〉だという。
年二百以上ということは、週に四本以上のイヴェントに行っている計算になる。
そのカラクリはこうだ。
まず、とある行きたいイヴェントがあり〈遠征〉するとする。その場合、そのライヴのみに参加するわけではなく、イヴェント関連のまとめサイトを参照して、〈回せる〉、つまり、はしごできる〈現場〉に足を運ぶ計画を立てるらしい。
かつて、とあるイヴェンターが、スコッチの前で、スギヤマにこう尋ねたことがあった。
「スギヤマさん、どうして、そんなにイヴェントに行かれるんですか?」
「だって、〈回せる〉なら〈回す〉しかないやん」
「それにしても、スギヤマさん、イヴェント行き過ぎっすよ。もはや、イヴェント行きスギヤマですね。この現象は〈スギっている〉って呼ぶしかないっすよ」
「ところで、早く、どこでもドアが発明されないかな」
「唐突にどうしたんですか?」
「どこでもドアがあったら、それこそ、イヴェント回し放題やん」
スギヤマの武勇伝を聞きながらヨッポーは思った。
「それにしても、スギヤマさんの回し方、半端ないっすね。
さらにスギヤマさんの何が凄いかって、十四日に東京に行ったのは分かるんですよ。でも、十六日にも東京の案件があるのに、一回、関西に戻って、エールさんのワンマンに来たってことですよ。まさに、ダイナミックなイヴェ回しですよね」
「それな」
「なんか、エール・グループの皆さんの逸話を聞いていると、エールさんの案件なら、そんな回し方をしそうな方って、きっといると思うんですよ。でも、スギヤマさんの場合、エールさんの歌を好きだとしても、でも、エールさんを〈単推〉しているわけではない、いわゆる〈D.D〉じゃないですかっ! だから、京都は来なかったわけですし、でも、にもかかわらず、エールさんのワンマンのために、一回、関西に戻ってきていて、一体、そのモチヴェがどこにあるのか、自分、不思議でならないんです」
「まあ、そんな複雑な話じゃないと思いますわ。
スギヤマはんは、〈現場〉が被った場合には、その時その時で、自分が行きたい方に行く。そして、時間的に問題なく行けるのならば回す、つまり、〈現場〉が何処であろうと、東京だろうと関西だろうと関係ないんですわ」
「イヴェにゆく。そこに〈現場〉があるから、たとえてみると、登山家みたいな感じなんですかね?」
「スギヤマはんは、〈シソカリオソ〉で、基本、新幹線を使ってはるし、新幹線だと、新大阪から東京は、のぞみで四駅やし、感覚的には、京都と神戸を二往復、関東で言ったら、さいたまと横浜を二往復している程度かもしれまへんよ」
「なるほど、さいたま・横浜か、少し大変だけど、それくらいなら、ありかもですね」
「そうでっしゃろ?」
「ですね」
「それに……」
「『それに』?」
「これくらいでビビってたら、スギヤマはんのことは理解できませんわ」
「えっ! いったい、どおゆうことですか?」
「明日のスギヤマはんの東京の〈現場〉、十九時かららしいんですわ」
「はぁ……」
「で、スギヤマはん、東京で昼に行けるイヴェントを探したらしいんですわ」
「ほぅ……」
「でも、目星いイヴェが見つからなかった」
「へぇ。それは残念。東京では、観光でもして暇をつぶすのかしら?」
「そう思いはるでしょ?」
「えぇ」
「でも、そこは、やはり、スギヤマはん、きっちり回すべきイヴェを見つけはったんですよ」
「ふぅ〜〜〜ん、さすがのスギヤマさんですね」
「ヨッポーはん、そのイヴェの場所どこだと思います?」
「なんか、その言い方だと、都心に回しにくそうな感じですね。立川とか所沢とかかな?」
一拍置いた後で、スコッチは解答を暴露した。
「名古屋ですぅ」
「? 『なごや』、そんな場所、関東にあったかな? 何県ですか?」
「愛知県の〈な・ご・や〉ですよ」
「えっ! ……」
ヨッポーは、車内で大声を上げかけてしまい、慌てて口を押さえてから、小声で言った。
「愛知から東京って一体どうやって回すんですか? 物理的に不可能なのでは?」
「ヨッポーはん、単純な話でっせ。〈シソカリオソ〉を途中下車すればいいだけの話です」
「しかし、夜の本命のための暇つぶしに、そこまでするんですか?」
「そこは、うちゅうのスギヤマはんは〈D.D〉やから」
〈D.D〉スギヤマさんを理解するためのキーワードは、とにもかくにも、〈回す〉であるようだ。
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