第12イヴェ うちゅうの曰く、だって〈レア〉やねん

 翼葵こと、エールさんの全国ツアー、その最初の一連の公演は、〈関西・四国ゾーン〉であり、初日の京都の次の、二本目の開催都市は兵庫県の神戸市であった。

 その神戸市に位置するJR〈三ノ宮〉駅の中央口から、徒歩で五分かからない所に、〈神戸国際会館〉という、神戸のビジネス・ショッピング・カルチャーの複合施設があり、この神戸のランドマークたる〈神戸国際会館〉に入っている〈こくさいホール〉こそが、翼葵・全国ツアー二本目のライヴ会場であった。


 神戸公演が終わった午後九時過ぎ――

 二夜連続で、エールさんの歌声に酔いしれた南森義武(なもり・よしたけ)こと、イヴェンター・ネーム〈ヨッポー〉は、神戸国際会館・こくさいホールで催されたライヴの後、大阪府在住の〈スギヤマ〉と、京都府在住の〈スコッチ〉と一緒に、〈神戸三宮〉駅から乗り込んだ赤茶色の阪急電車に揺られながら、大阪方面に向かっていた。


 関西在住のスギヤマとスコッチが、阪急電車を利用しているのは、至極当然の話なのだが、埼玉から〈遠征〉して来ているヨッポーが、神戸に宿泊せず、関西在住の二人と一緒に行動しているのは、何とも奇異な話であるようにも思える。

 実は、ヨッポーは、京都の新京極付近の宿を二泊で予約しているのだ。

 阪急の神戸三宮から京都河原町までは、移動時間は一時間半ほどかかるのだが、運賃は、なんと、六百二十円ですんでしまう。

 さらに、ヨッポーが予約した京都の宿は、連泊割引サービスを提供していて、神戸の三宮で一泊するよりも、京都で連泊した方が、交通費を含めても、コスト・パフォーマンス、いわゆる〈コスパ〉が良かったのである。

 もっとも、実を言うと、ヨッポーは、神戸のライヴの前に、荷物を預けた身軽な状態で、京都観光を楽しみたかった、というのが、京都に連泊することにした、主たる理由だったのだが。


 そういったわけで、翌日は高松への移動なのに、神戸から、わざわざ京都に向かって逆行しているヨッポーは、実は、スコッチとスギヤマにリアルで会うのは、今回のツアーが初めてであった。とはいえども、この一年、オンラインにおいて、幾度となく〈ヲタク飲み〉を積み重ねてきており、実際に〈現場〉で二人に会うのが、昨日の京都が初めてなんて信じられないような気持ちのヨッポーであった。


 あれ、二人……だったっけ?

「あの〜、スギヤマさんて、昨日の京都っていらっしゃいましたっけ?」

 前日の京都でスギヤマに会った記憶があやふやなヨッポーは、自分の右隣に座っていたスギヤマに、そう尋ねたのだった。

「あっ、それは……」

「ヨッポーはん、スギヤマはんは、昨日は京都に来てへんよ」

 ちょっと言い淀んだスギヤマの代わりに、そのスギヤマを挟んで、ヨッポーとは逆側に座っていたスコッチが応えた。

「へっ? スギヤマさん、何でですか! そっか、そっか、スギヤマさんは、昨日、仕事だったんですね」

「ちゃうって。うちゅうのスギヤマはんが、仕事でイヴェントを飛ばすことなんて、あらへんって。なっ、スギヤマはん。スギヤマはんは、昨日は別〈現場〉で〈東京〉に行かれはってたんですよね?」

「そうや、その通りや」

 短く簡潔にスギヤマは、そう応じたのだった。

「しかも、アニソンじゃなくって、人気コスプレイヤーさんの、トーク・イヴェント、あ〜んど、お渡し会だったんですよね」

「そうや」

「えっ、えぇぇぇ〜〜〜、スギヤマさん、ワンマンよりもトーク会を優先して、しかも、自分が住んでいる関西じゃなくって、東京に行く事を選んだんですかっ!」

「しかも、京都のチケ、持ってはって、それホカしたんですよ、ヨッポーはん」

「な、なんですって!」

 驚愕のあまりヨッポーはつい声を荒げてしまった。そのせいか、対面に座っていたOL風の女性が、突然立ち上がって、隣の車両に移動してしまった。

「しっ、ヨッポーはん、興奮し過ぎや、声、もう少し低めはって」

「す、すみません。気を付けます。ところで、持ってたライヴチケットを無駄にして、なんで、わざわざ、新幹線を使ってまでして、東京に行ったんですか?」

 ヨッポーは声のトーンを落としながら、隣のスギヤマに聞こえる程度の声量で尋ねた。

「だって、行きたかったんやから、シャーないねん。テレビとかもバンバン出てるレイヤーさんやし、イヴェ、なかなか当たらへんねん。レアやねん。ぶっちゃけ、ツアーは京都以外もあるんやし、今日の神戸とか、な」

「ま、まじっすか……」


 基本、スギヤマはアニソン系のイヴェンターなのだが、そんなスギヤマも、今、テレビや雑誌といったマス・メディアに頻繁に出ている、とあるコスプレイヤーにご執心らしい。例えば、そのレイヤーさんが表紙を飾っている雑誌があると、それを三冊ずつ購入しているそうだ。そして、そのレイヤーさんのグッズのプレゼント企画の全てにスギヤマは応募し、これまた、当然のように当選を重ねているのである。


 ある時、そうした当選報告を、SNSにてハッシュタグ付きで、スギヤマがツイートした所、なんと、そのレイヤーさん自身から「おめでとう、いつもありがとう」というリプライが返ってきたことがあった。

 そのレイヤーさんの、SNSフォロワー数は約百万人を誇っている。

 それ程までの、カリスマ演者からのリプライだ。そんな〈強〉すぎるスギヤマのヲタクぶりに、スギヤマのフォロワーたちのタイム・ラインは、一時、騒然となった、という。


 そりゃあ、確かに昨日の東京は〈レア〉イヴェだ。


 自分は、エールさん一筋だから、スギヤマさんみたいな選択はしないけれど、世の中には色んな価値観をもったヲタクがいるんだな。

 そんなことを思いながら、ヨッポーはスギヤマに訊ねてみた。

「ところで、スギヤマさん、明日の高松はどうやって行かれるんですか?」

「わい? 自分、明日は四国、行かへんで」

「あっ! 昨日、東京から戻って今日の神戸ですし、さすがに、お疲れで、明日は家で休養なんですね」

「ちゃう」

「『ちゃう』?」

 ヨッポーは思わず鸚鵡返ししてしまった。

「明日は、東京でライヴや」

「……」

 今度は、驚きの感嘆も、木霊を返すことさえできないヨッポーであった。


 スギヤマさん、半端ね〜、これが〈うちゅうのスギヤマ〉のスギヤマたる所以なんだな、きっと……。

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