月夜は神田までやってきた。ここに、江戸で変わった発明家として有名な源じぃこと、平賀源次郎ひらがげんじろうが住んでいる。


 家はこじんまりとしているが、いつも金槌音やのこぎりで物を切る音が響いている、やかましい家だ。迷惑がる人もいるが、そういう人はとっとと引っ越してしまうので、今、周囲に住んでいる人は、源次郎の発明品を面白がってる人だけだ。


 今日もなにかを作っているのか、辺りに金槌で物を叩いている音が響いていた。


「源じぃ! 『化け猫亭』の月夜だにゃ。ふみのおとどけだにゃー!」


 カンカンカンッ! ギコギコギコ!


「源じぃ!!」


 一度の呼びかけに答えなかったので、月夜は先ほどよりも大きな声で呼びかけた。


「ん? おぉ、月夜か! よぉ来たのぉ」


 ようやく月夜の呼び声に気づいて、源次郎が椅子から立ち上がる。


「あいててて。腰が痛む。背中を丸めての作業は、疲れるのぉ」

 

 源次郎は腰を叩きながら、愚痴をこぼす。

 月夜は散らかっている工具や発明品を踏まないように気をつけながら、源次郎に近寄る。


「おつかれさまだにゃ。これがふみにゃ」

「ありがとよ。ちょっと待ってくれや」


 源次郎は、汚れていた手を桶の水で洗って、よく拭いてから文を受け取った。そしてそれぞれの文の内容を確認していく。


「おへんじは、すぐにかくかにゃ?」

「あぁ。でもま、いくつか書くから、一刻(約二時間)ほどしたら戻ってきてくれりゃあいい」

「わかったにゃ」


 月夜が家を出ていこうとすると、源次郎が声をあげた。


「おい月夜!」

「なんにゃ?」


 月夜は足を止めて振り返った。

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